学ぶことを楽しむ

投稿日:2012年4月10日 更新日:

恩師小田切瑞穂先生と出合ったのは23歳の時だ。
もう四十年前のことだ。

先生が「君は鬼の面があって覇気もあり行動力はあるが、
    鬼に金棒といって金棒の精神の柱がない」と言われた。

私は即座に「ではどうして金棒を作るのですか?
   鬼に金棒の本物の強い人間なる方法を教えてください」と聞き返した。
答えは、先生が主催する東方学術院という勉強会の関西の世話役をやらされる
羽目になった。

この時は本など最初から最後まで熟読した本は一冊も無かった。〔今もそうだ〕
しかし、目的が自分が強くなることだから、少々は努力もするが、
漢文の解説の講義には瞼が自然と閉じるのを我慢しながら聞いた思い出がある。

人間には天から授かった三つの優れた
1)徳性〔根っ子の人間性〕、
2)知能(物を知る能力)、
3)技能〔モノを作る能力〕がある。

学問的には、
1)本学が徳性を養う人間学。
2)末学(時務学)で知識や技術だが、これは日進月歩変化するから時の務めの学だ。

物事には本末がある。
これを自己本位に逆にすることを本末転倒というが、
知識や技能という時務学を学ぶのは末学で、
本学〔人間学〕を学んで金棒を創れという意味だった。

しかし、当時は理論武装と言う言葉がはやっていて、
「あー言えばこう言い、こう言えばあー言う」と末学を小賢しく操っていきがっていた私だった。
若気の至りといえばそれまでだが、今思うと恥ずかしいかぎりだが、
その薄っぺらい生き方を見抜き、深く考え学ぶことの大切さを教えてもらった。

ある時、先生に「先生の話は難しくわかりにくい。だから優しく我々に合う言葉で
説明ください。」と言ったら、先生から雷が落ちてきて、
「君たちが学ぶ方で、私が教える方だから、君たちが予習復習し、
私に合わすのが当たり前だろう。」と叱られた。

なぜかわからないが、自分が間違っていたと心が素直になったのを今でも鮮明に
覚えている。
小林英雄は「歴史を学ぶことは自分を知ることだ」とおっしゃってる。
私たちは過去を記憶してる、今創ってる自分も自分だが過去の記憶も自分なんだと
いうことだ。
身体的体験に凝縮されるが、先人から学ぶことも自分そのものだそうだ。

みなさんは学ぶこと楽しんでおられますか?

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