商人と釈迦について

投稿日:2012年4月3日 更新日:

江戸時代は士農工商といって身分に差別があった。
士=政治・行政を行う武人でもあり公務員。
農=食料品の生産者。
工=必要な生活工具を作る者
商=モノを移動させて生産活動はしない。

特に商人は生産しないで利益を得るので身分が一番低く卑しいものとされていた。
石田梅岩〔石門心学〕という亀岡の商家の息子だった人物が、
現在の錦市場のそばで開熟して,おおいに商人の存在意義をしらしめた。
その看板には、
1〕今日から熟を開きます。
2〕聴講料は無料です。
3〕女性も歓迎します。

江戸時代は京都や大阪は今の都市と同じで人が集まり、
都市には多くの物資が必要で、生産地から非生産地に運ぶ商人の存在が必要だった。

梅岩は『武士は主君のけらいだ。商人の主君はお客さんであり、町だ。
    商人は町のけらいだ。』

イオンだイトーヨーカドーだ、セブンイレブンだという流通業が発達していないころは、
商人が『良い品物を適正な価格』で販売する現在の市場〔マーケット〕が形成されつつあった。
しかし、役人や豪商が価格を吊り上げたり買い占めたりと言うこともあっただろうと思われる。

梅岩さんは誠実に商人をすると「三方良し」〔売り手よし、買い手よし、世間良し〕になると、
『都鄙問答』(とひもんどう)には学者が質問して、人をだまして儲けるとか、
欲深くてむさぼるとか、嘘ばかりつくとかを儒学できちっと反論するものである。

モノを生産する人だけでは世の中は成り立たない。
商人のような存在はいるが、モノの価値は二つある。
ひとつは原価と自分の労働と利益を足した価格
もうひとつは相場です。需要と供給で決まる価格だ。
これは生産物が少なくお客さんが多いと高くなり、逆だと安くなる。

だから適正価格というのが解りにくいが、
簡単に言うと毎年経営が成り立つことで価格は決まる〔再生産)。
〔もちろん暴利をむさぼる商人も出てくるが見えざる神の手で排除される・アダムスミス)

釈迦も出家して托鉢でご飯を食べる、生産には従事しないから商人と同じだ。
当時の出家は自分の財産を捨てて〔親や家族にやる〕、友人知人の縁も切って、
サンガという僧の集団に入って、托鉢が自分の命をつなぐ糧となる。

もちろん町の人や支配階級の人から托鉢して生活する。

ある時、田を耕しもの作る人に托鉢を申し出ると、断られる。
「働かない人にはやれない」と生産従事しない人はダメだといわれる。
釈迦は反論する『あなたは具体的なこの身体を維持するものをつくる。
私はあなたの心が平安になる説法をする』『わたしは働いてませんか?』と
きり返すのである。

今で言えば心の病院の院長が釈迦だ。
一流の精神科医だ。薬を一斉使わないで坐禅や修行のメニューで治療するのだ。
肉体を維持するにはモノは大事だが、
同時に心の平安を獲得し『安心立命』を得ることが人間の物心が整うのも事実だ。

みなさんは商人と釈迦の役割どう思いますか?

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