地獄極楽はホントにあるか?

投稿日:2012年1月14日 更新日:

恩師小田切瑞穂先生より三十代になったころよく聞いた話がある。
ある雲水が老師に「地獄極楽ありますか?」と質問したら、
老師は「ある」と答えた。

小さい時嘘ついたり約束を破ったりしたら、
親から「お前は死んだら地獄に行って閻魔大王に舌を抜かれる。
針山地獄や火あぶりもある。」と叱られ子供心に恐怖を覚えたものだ。
もちろん、親は常識を教え、世間に迷惑をかけない行動するための教訓とし話したのだ。
親も死んだことがないので、地獄は見たことはないから空想の話だ。

老師の答えは、この空想なのに事実あると断言した。
「おかしい」と思いながら、興味深く更に小田切先生の話を真剣に聞いた。
御釈迦さんもよく比喩表現で説明されたように小田切先生も以下のようなたとえ話をされた。

「今、君の1メ-トル前に向き合って別の人が座る、そして1メ-トル下に美味しい食べ物が一杯ある。
 しかし食べ物を取る箸は1メ-トルのを使うのが条件でたくさん並んでる。」貢イメ-ジしろという。
さらに続けて、この条件では二つの行動があると先生がおっしゃった。
1)地獄の行動=利己心が一番で他人を押しのけて行動する。
          1メ-トルの箸でわれ先にと1メ-トル下の食べ物をとって口に運ぶ。
          箸が長すぎて口からぼろぼろこぼれいっこうにお腹がいっぱいにならず、
          やせ細っている。

2)極楽の行動=利他心が一番で目の前にいる他人へ先に食べ物を与える行動をすると、
          その人が「あなたは何が要りますか」と食べ物を与え返してくれる。
          もうお解かりでしょうが、極楽は丸々太った布袋さんのような人が並んでいる
          のである。
(相手が利己心の奴に与えたら返ってこないということもあるのが現実ではあるが!
 この理屈は考えないで今は聞いていただくが、これは重要で善人悪人を見極める目を自分で磨かないと世の中では実際的には生きれないのも事実だ。奇麗事ではない!!)

地獄極楽は外の世界にあるのではなく、自分の心の内の持ちようで現実化するということを諭す話だ。

子供のころは、誰でも友達のためにおせっかいと言われるぐらい友を先に考え行動できたはずだ。
だんだん大人になるにしたがって、屁理屈を覚え純粋な利他行一番の行動より、
自分の利己心が大きく膨らんでしまい、
「自分がお腹いっぱいにならないのに他人には出来ないのが普通」と考えたり、
「あるいは好きな人や家族にはするが他人にはしたらおせっかいになるのでしない」と考えるようになる。

しかし、東北の大震災で全国からボランティアの方が自分の寝床もなく、
報酬もないのに行動する姿を見て、日本はまだまだ大丈夫だと感じる次第だ。
私たちも石材業を通じて決して多くは出来ていないが、支援したいし実際行動もしている。(少なくて反省)

地獄極楽は自分の心が決めて、自分でこの世を創ってることはまちがいない。
私は誰にも負けない努力をし、利他行一番で極楽をこの世で作りたい。

みなさんは自分のうちの心、地獄ですか極楽ですか?

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