安岡正篤先生の「活学とは何か」

投稿日:2012年6月7日 更新日:

安岡先生が東大に行くまでに一時東大阪の善根寺に住んでおられ、
現在は谷口さんがその家を保存管理しておられる。

不思議な事に谷口さんが経営されててるケアハウスの社会福祉法人仁風会に、
認知症の母を預かっていただいてる。
〔論語の仁、そんな風の会、きっと思いやりのあるホームと願っての名だ)

安岡先生とはお会いしたことがないが、「縁」を感じる。
といのも今、論語を学んでる村下好伴先生は直接安岡先生とあって話されてる思い出話をよく聞くからだ。

さて、「活学とは何か」という問いに、
ご自身の中学時代に西洋の論理学、心理学、法学、哲学を学べば学ぶほど、
神経衰弱になり、中学までに学んだ論語、大学、中庸、孟子、太平記の仁義、道徳、
愛国忠君という国家観や、人間観が破壊されたと語っておられる。

そして西田幾多郎の「善の研究」をもう一度読み返されたそうだ。
西田先生は長岡京の禅道場で学んでおられ、独自の東洋的な哲学觀を立てられた。

安岡先生は虎関禅師「古教照心 心照古教」と言う言葉に感じ入り、
学ぶのも書が主人で自分が従で受身なのと自分が主で書が従になる学びとあると気づき。
もう一度東洋的な学びに挑戦されたときに、
西洋の学問は知識の抽象的で論理的、概念的なものだ。
故に「知性の学問は力にならない」と気づかれた。

そこで活学は知識が断片的で、機械的で死んだものでなく、
生き生きして統一的で力のあるものが本物の知識だ。
自分から体当たりで学んで血肉になったものでなければならないと断言される。

白隠禅師が慧鶴といわれてた時と全く同じ体験をされた。
禅の無門関、碧眼録や正法眼蔵などの経典を、
ことごとく読破する知識だけの屁理屈屋で各寺を回って禅問答をしていた。

慧鶴さん時代は高慢な白隠禅師であって、
その後、神経衰弱になり白受老人に指導を受け救われるのだ。〔安岡先生は自ら気づかれた〕

戦後はマルクス主義が横行し、日本全体が人間観を無視し、知識優先の社会になり、
人間としての品格や東洋的人生観が隠れてしまったが、
最近は武士道をはじめ東洋的な人間学が再評価されてることを嬉しく思う。
「理」には二つある。
1〕道理=天然自然の法則
2〕論理=ある部分の人間が理解できるつじつまのあった論理〔理屈〕
仏教では「論、律、経」
経=お釈迦さんが解いたと言う五つのお経「阿含経、華厳経、法華経、般若経、涅槃経」
論=いろんな論文で八万四千巻あるといわれる
律=これは戒律の律でサンガという僧の集団の掟で、
  男性で280ほど女性は360ほどの律があり罰則もある。
  「戒」とは自分が自主的に守るもので罰則はない。
タテ糸に経、横糸に論〔各論〕それを実現すべく行動には律だ。
この三方があってサンガ〔僧の集団〕の修行が完成へ向かう。

三学戒
少くして学べば壮にして為すあり
壮にして学べば老いて衰えず
老いて学べば死して朽ちず

みなさんは活学を如何に思いますか?

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