「不安、恐れ」からの解放を論語から読み解く

投稿日:2020年8月25日 更新日:

2500年前の中国の春秋戦国時代にはたくさんの小さな国家があった。
それを統一したのは秦の始皇帝だったが、勘中の法家の法治主義を重んじ法律を細かく制定し、10数年で滅亡した。
その後三国時代があり、劉邦が勘の国を樹立するが、法三章と言って細かく法治することはしなかった。

さて、孔子が考えたのは「仁」を基本理念とする徳治政治だ。人間を根本から変貌させる。
すなわち「徳」を身につけたリーダー像を描いたのである。それを具体的化するのに「礼」を重んじ祭祀を手厚くしたのである。

国家として政(まつりごと)をするには武力で民を牛耳るか、法で牛耳るかという時代にリーダーの人間性をもって徳治政治を理想とした。
そのために「礼」を重んじて人間としての道徳規範を定め、「学ぶ」を根本にしての自己変革を柱にした。

学而第一「子曰く、学びて時にこれを習う。また説ばしからずや。」
意味=リーダーの道を学んで、時に応じてこれを実践し、その真意を自ら会得することができるのは、なんと喜ばしいことではないか。

この時代は、日本の戦国時代と同じく領土の取り合いで、力ずくで戦っている時代だ。
民はリーダーが変わるたびに、おどおどと不安と恐怖の中で生きなければならない。
もちろん、リーダーもいつ殺されるかわからないので安全ではなかったのも事実だ。この不安や恐れのない社会、言い換えると「自由な社会」を求めて学ぶことで人間性を高め、国家が安定すると孔子は考えたのであろう。

学而第一に「学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己にしかざるものを友とする事なかれ。過てば則ち改むるに憚る事勿れ。」
意味=学べば独善、頑固でなくなる。忠信を第一として、安易に自分より知徳の劣ったものと交わっていい気になってはならない。

それには過ちを改むることに憚ることはない。逆に言うと誠実で嘘をつくなということになる。良心に照らしたら「不安や恐れ」はないと言い切る。
そのためには学んだことを自分で実践して自分を高め「徳」を身につけること。知識と実践によって人格を高めることこそが国家安泰だというのである。

人間の遺伝子は利己心です。もし本当に安泰な心の世界を得たければ、自分の利己心に飛び込んで、嘘つかず誠実、正直、清錬に行動し、学び続けることこそが「不安と恐怖」を乗り越える一番の方法だと孔子はと徳治を説き、生まれた魯の国で数年実践もしたが、三恒と言って幹部が、楚の国の貢ぎ物を城内に入れて、遊興三昧し道徳規範を緩めてしまう。孔子は魯の国の政に失望し任務をやめる結果となり、10数年放浪の旅にでる。
弟子は3000人いたとも言われている。

皆さんは「不安と恐れ」は利己心からくると思いますか?

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