六中觀・安岡正篤

投稿日:2012年2月4日 更新日:

六中觀・安岡正篤
日本人の子育ては『泣いたらあやす』方式だ。
ドイツ人は『泣いたら自律のチャンスと助けないで見守る』
ユダヤ人は『抱っこするからおいでといって手をはずし、むやみに人を信用するな』と教える。

だから日本人は親子の関係が一心同体で信頼がベースになっているのだ。
ところが思春期に自律する時に厄介だ。
武家社会のように「元服」という儀式が会って、
今日から大人として「恥じない行動をしろ、御家のためだ」と諌めたら、
世間の誰もがやってるので観念し、大人へ歩みだすが、昨今は違う。
『元服』や『世間体』や『恥』の文化が壊れて、
自己中を個人主義と都合の良い解釈をしたわがまま主義が、まかり通ってる。

それは国全体で大人になる為の儀式が崩壊し、各家に任せられてるからだ。
何時までも親に依存してるほうが都合がよく責任感も育たない。
だから精神的に自律の機会を逸して、
独立しないで両親の元でフリーターをする。
あるいは引きこもりで人間嫌いになって、
他人や社会のせいにして信頼関係が依存関係に変質するのである。

私は幸いなことに、この両方の道を選べなかったのは家が貧しく独立せざるを得ない、更に、自分で始めた事業を前進させることで辛く苦しかったが、解決し自己責任で生きなければならない状況だったからだ。

事業の未来を切り開くことや、
部下教育に行き詰まったときは現実から逃げ出したいと思ったのも事実だ。
そんなとき出会ったのが、この安岡先生の『六中觀』である。

     『六中觀』
1〕死中有活〔身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり〕
2〕苦中有楽〔苦しみの中にこそ真の楽しみ有り、楽ばかりでは人は腐ってしまう〕
3〕忙中有閑〔忙しい中で見出した閑こそ集中できる〕
4〕腹中有書〔人間は腹にしっかりした哲学、信念、座右の書を持つこと〕
5〕壺中有天〔どんな境地でも自分の世界観、哲学を持ち天を舞台に生きる〕
6〕意中有人〔志を成すに一人で出来ないので、それぞれの分野で協力者を心に用意する〕

これに照らして自分の心を絶望感から脱し、絶対積極の心構えをつくり、
自分を励ましたものだ。
今日でも何かに行きずまるとこの『六中觀』に照らす。

みなさんはどんな座右の銘お持ちですか?

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