江戸時代は遊びが文化を作り毎日を面白おかしくするライフスタイル

投稿日:2015年2月11日 更新日:

江戸時代は遊びが文化を作り毎日を面白おかしくするライフスタイル
江戸時代は約2,800万から3,000万の人口で、
江戸(東京)は100万で、世界の都市では群を抜いていた。
同時期フランスのパリでは20万人だといわれている。

大阪でも面白いことに曽根崎心中を書いた近松門左衛門の文楽が人気で、
大阪城で24時間川柳を読み続けるイベントを行った井原西鶴は小説でも人気を博していた。
江戸では人口が百万だが大人は30万なのに川柳を募集すると10万通集まったと記録にある。
江戸の吉原も遊びの天国であるが、御店の旦那衆が日頃、謡や小唄、詩吟などのまねして、
稽古をしたのを吉原借り切って披露し見せる場所だった。
(武士社会で商人は文化と教養を見せびらかす唯一の場所で、豪華な遊びなんですね)
今のお金で換算すると億単位だそうですね。

さて丁稚の世界に眼を転じると盆と彼岸しか休みがなくてきついと思われるでしょうが、
これも実に気配りができていて、
旦那が丁稚に「用を頼む」と駄賃を少しわたし「用がすんだら」終わりだといって、
そこいらで飴を買って散策してゆっくりできるように計らうのが常識だった。

また、丁稚十年、手代十年勤め番頭格になると、
店を一軒持たすは旦那の器量と評価されるので「のれんわけ」制度があった。
でも、のれんわけするのには同業だと競合するので違う仕事をさせた。

大坂では小倉屋の昆布屋さんは有名ですが、
江戸時代は大きな鬢付け油の商いが本家だったが、
明治になって散切り頭になり、需要がなくなり潰れた。

さて、江戸時代は米を中心の経済で工業化社会でなくて貧しかったが、
生産と消費が一体になっていて、仕事が遊びで、遊びが仕事であり、
文楽や歌舞伎や講談、落語、浮世絵のように文化の花が咲くのである。

日本は明治以降、資本主義的工業化をして、
たくさんモノつくりする生産様式になるまでは実に文化が生み出されていたのである。
現在の情報化社会ではイギリス、アメリカを始めヨーロッパや日本を含む先進国が成長鈍化し、
特にアメリカなどは1%の資本家が80%の利益を得て格差が広がってる。

今、空前の日本ブームと言っても良い。
秋葉原のコスプレがフランスではやり、ドラえもんが中国で大人気、
日本のアニメは世界中で見られ、ラーメンにすし屋は世界中に広がっている。
円安もあって外国人旅行者も増加してるが、
泊まるのも雑魚寝で良いか畳にせんべい布団の和室、
神社に寺に日本のすし、ラーメン、うどんである。

私はこの現象は単に日本が好きだとかという意味でなく、
日本人が無意識にできる「挨拶」「気遣い」「もったいない」「お互いさん」の精神などなどを感じ、
近代の成長一本やりの科学主義、合理主義、民主主義が、
何か行き過ぎていないか感じている気がしてならない。

日下公人さんは「いよいよ日本の時代がやってきた」という著書で、
日本の遊びの折り紙、影絵、綾取りなど書かれているがお互いが助け合って創る遊び方が芯にある。
平安貴族の蹴鞠も、庶民の羽根つきも相手が打ちやすいところに鞠や羽根を打ち返し、
勝ち負けよりも持続することへの面白さの遊び、時短より時長だ。

江戸時代はゼロサム経済といわれ、マイナスではないがゼロ成長だったこともある。
拡大再生産して成長することが正しいと信じてきた戦後のわれわれは、
もう一度自分自身の内面の成長と遊びから持続を導き出し、
江戸時代の熊さん八さんのように面白おかしいライフスタイルを生きるときが来てるように感じる。

皆さんはいかが思われますか?

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