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「楽天知命、故不憂」に思う

投稿日:2021年4月11日 更新日:

「楽天知命、故不憂」は『易経』の中にある一文だ。
意味=天を楽しみ命を知る。故に憂いなし。
『辞海』という辞書によると天と命を合わせると天命であり、天も命も同義語で、
 「天命なり。按ずるに古人は毎(つね)に人道は天道に基づき、
 人の禍福、窮通、无寿(ようじゅ)は皆天の支配するところと謂う」
昔から中国人は、人間社会のもろもろの減少は天の意志の見えない糸によって支配されていると考えてきた。
それが天命で命なのだ。宇宙そのものということになり、春夏秋冬ともいえる宇宙の法則だ。
この「命」を自覚することで、達観とか諦念が生まれ、さらに言えば悟りの境地に近づく。だから、「憂いない」のだ。
何が起こってもじたばたしないという腹が座った心境だ。道元の言う人間界の「身心脱落」を自ら作り胆識に気を集め、腹が座るということになる。(我々凡夫は五感五欲を捨て去る方法を知らない)
出来るとすれば何かに無我夢中になって一点に集中して求めること(収斂理性)ぐらいだが、これは他の事を忘れているだけで、捨てたことにはならない。
自分の我欲を捨てきり、他者に利他行(発散理性)をするのとは全く違う。

伊與田先生が指導され設立された論語普及会に十年ぐらい通って、村下好伴先生から論語の教えを受けていた。
その伊與田先生より「悟得天命 履行人道」という言葉を頂いた。

論語里仁第四、
「子曰く、参や、吾が道は一を以てこれを貫く。曽子曰く、唯。子出ず。
 門人問うて曰く、何の謂ぞや。曽子曰く、夫子の道は忠恕のみ」

意味=孔子が「曽子よ、私の道は一つの原理を貫いている」と言うと、曾子は「はい」と歯切れよく答えた。孔子は満足げに出て行かれた。他の門人が「どういう意味ですか」と問うた。曽子は「先生の道は、まごころ(忠)からなる思いやり(恕)だと思うよ。」と答えた。

すなわち、自己の良心に忠実で、人の心を自分のことのように思いやる精神だということですね。
この精神は一人一人にとって非常に大切であると同時に日本国にとっても世界に誇る生き方だと思う。

さて、「天」と言い、「命」というのは形もなく匂いもなく姿がないエネルギーと言っていいでしょう。
私の心臓は私の意思で動かしているのではない。春になったら桜が咲き、秋になると木々に実をつける。
一体これは誰がしている技なのか?皆さんは答えられますか?
中国では古来から「気」と名付けている。空気があるから人間は酸素を吸って生きられる。
すべては天の計らいの中で人間が生きている。
人間の主体はこの天によって生きて、その上で自分の心が出来る。
心は善悪や損得、好き嫌いを宿す不自由なものだ。人間は自分の都合でそれを使い分けていて、孔子のように一貫して忠恕を実行することが出来ない不完全な存在だ。

皆さんは楽天知命を知って憂いなき人生を送られていますか?

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