山火賁(さんかひ)

投稿日:2017年7月9日 更新日:

易経64の卦の中で、この卦が自分の性格には必要だの考えさせられる。
論語の中にも「過ぎたるは及ばざるが如し」という表現があるように、
私はどうも猪突猛進型で、ついつい信じたら行き過ぎる傾向にあるようだと自覚する。
いい面でもあるが、逆に行き過ぎ自分の善を正当化して独善になる傾向がある。
困ったものだ。
易経は時の本といわれるように、時流は知るが流されず、時中に生きろと諭す。
的確に時代背景を読み、「天人地」の三方のバランスにとどめ的中する智慧を導く書である。

さて、賁(ひ)=飾る。という意味だ。
女性の化粧に喩えると薄化粧ならより美しく見えるが、
厚化粧だと本当の素顔が感じられないでごまかしの顔になる。

この卦は飾りすぎないで「少しがとおる」と表現され、薄化粧ならいいという智慧を教えてる。

「天文を観ては時変を察し、人文を観てもって天下を化育す」

意味=「天文」とは春夏秋冬、日月星辰などの天が描く美しい文様。
「人文」とは人間が描く文化文明。
天の動きを見て、時の変化を察し、
人文を観察して物事のあり方や秩序をどう育成するべきか考えるということ。

易経では文化文明は人間社会の飾り物であり、その発達によって一つの完成にいたるが、
発達しすぎると実質が空になり崩壊に至ることになる。(竹村亜希子「易経」一日一言より)

人間は右にも左にも振れる生き物である。
故に、人間が意図して創ってる経済の景気が一定の周期で景気、不景気を循環するのも至極当然だ。
人間社会の土台になってるのは大自然だ、
その法則の上に浮かぶ島が人間社会だ。

人間は真実だけでは息苦しくて生きれない、
そこに味付けをして生きているのである。
その味付けは少しならいいが自然素材を味わうのが本質と言ってるように聞こえる。

日本料理が世界遺産になったのは「出汁」である。
江戸時代の後半には完成されてきたのが今の出汁文化ですね。

そばに山葵をつけてるので気付かれるように、
わさびは魚などの生臭さを消すためだった。
江戸時代はそばのダシが味噌をといで作られていた為生臭かった。
今日はダシが進化したにもかかわらず習慣で山葵をつけているんですね。

皆さんは自分を飾るのはほどほどでしょうか?

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