私は暑中見舞いを毎年1200枚ぐらい送っている。
名刺を交換した人には必ず送るということを46年やり続けてきた。
20代のサラリーマン時代は27枚しかなく、人間関係も幅は狭かった。
中津論語塾で出会った広島の方で教師をされていた池田さんから自身の著書が2冊送られてきた。「山田方谷」の考え方や生き方を書いた著書なのだが、教師として生徒に伝えたいのは知識もあるが、それだけではなく独立自尊の精神を養い、自分の志を立て、方谷のように具体的な「利」を得ることも大事であることを伝えたかったので先人を学んだそうだ。
二宮尊徳はじめ、渋沢栄一、佐藤一斎、中江藤樹などを学ばれたそうだが、現代の世の中では「利」抜きには世の中を生き抜くことは出来ないということで32歳にして『利財論』を書いた方谷を題材にされた。
山田方谷は備中松山藩の借金を立て直し、10万両の蓄財までした実績がある人物だ。
その根本は儒教の経書の一つ『大学』の中の一文「君子はまず徳を慎む、徳有ればこれ人あり、人有ればこれ土有り。土有ればこれ財有り、財有れば用有り」である。
「君子は徳を慎む。徳有れば人間ができる。そうすれば土地や生産手段、人等を治められるような財が生じる。その財を己一人でなくみんなのために用いれば、経済は好循環し皆生き生きと働き天下泰平になる」と説いたものである。
方谷は嘉永5年(1852年)48才の時に郡奉行を拝命し、財政と民政を担当するようになった。
そこで、「利をもって利と為さず、義をもって利と為す」を実行し、民政政策を開始、松山藩には遊民がいなくなるように決まり事を発布する。
1.賄賂を戒め
2.賭博を禁じ
3.盗賊を厳しく取り締まる
4.貧村を救助する
5.(飢饉時に備え)畜倉を設ける
6.道路や水利の土木工事をする
7.教論所を設ける
8.藩札廃止し兌換紙幣にする
9.松山藩物産の江戸直行便を出す
「利」合理的に考える手段とし、「徳」を仁・義・誠意ある人間の思考力、判断力、表現力がつくとした。
まさに「志」大義をかざし、個人の「利財」を一人占めしないとしたのである。
この決まり事で何で学び人間形成し、何で働いて「利」は稼ぐかを一体にしたモノの見方を教えようとしたのだ。
もちろん世の中のために役立つ仕事をして、博打のようなあぶく銭は追ってはいけないという諭しもある。
一方で個人の個性や能力を生かし同時に公のためにもなる「公私一如」という生き甲斐を持った働き方を念頭に置いている。
個人あっての社会でなく、社会あっての個人だ。
戦後日本はGHQの占領下で全体主義の否定から、社会あっての個人という概念が欠落して個人主義を尊ぶようになって、集団の中で孤独を感じ、自分の存在が家庭にも職場にもなく、どこにあるかわからない若者が増えている。そんな若者はSNSのインスタの中の浅薄な人間関係に飛びつき詐欺にあう始末だ。
今こそ、歴史に学ぶ時期が来ている。
みなさんは「徳」と「利」一致していますか、別々に相対化してますか?