なぜふぐを食べないのか?

投稿日:2015年3月20日 更新日:

今年のNHK大河ドラマは「花燃ゆ」が放映されている。
主人公は吉田寅次郎こと吉田松陰の妹、文であり、
毎回大変楽しく視させていただいている。

先々週だったと思うが塾生みんなで河豚(ふぐ)を食べる場面があった。
毒があることで塾生は食べる食べないを議論していたとき、
松陰は食べませんといった。

後の初代総理大臣になる伊藤博文が「なぜ先生は食べられないのか?」と問うが、
松陰は答えなかった。

塾生の一人が勉学のため江戸に行く嘆願をしていたが、
松陰のような罪人の塾生を行かせられないと家老が結論を出した。

之に怒った塾生がお城に乗り込んで藩主に申し出る場面があった。
藩主は昔、松陰に兵学の講義を受けたことがある。
だから、私も弟子だといって塾生を江戸に生かすことを受諾した。

之を見て、
伊藤が「先生が河豚を食べられなかったのは、
食欲のために死ねない、志を実現させるなら命が惜しくないという意味ですね」といった。

松陰は微笑んだだけだ。

志のために命をかけることの大事さを解くのは、
道元も同じである。

道元は宗の時代(中国)の如浄禅師に出会い「心身脱落」と答え大悟した。
しかし之だけでは半分である。
後、半分は「脱落心身」である。

仏教では向下門と言って、自ら自覚行をする。修行して気づく。
之が「心身脱落」である
もう一つは向上門といって覚他行である。
衆生済度する実践行をして始めて解脱すると教える。

それも山奥にこもって一人座して大悟することではない。
茶室を「市井の山居」と言って、
街中で山のように和敬静寂を実現するのと同じだ。
現実に生きてる社会の中で覚他行を実践してこそ意味がある。

将に、松陰は現実の旧態依然とした古い考えが支配した社会のなかで、
「志」を持って「脱落心身」の行をしていたのだ。

そこまで突き詰めて考えることをしていない自分に気づかされ反省だ。

皆さんは河豚を食べるか食べないか議論しますか?

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