自らを知る

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「伝灯禄」によるとインドからやってきた達磨が金陵の都で梁の武帝に謁見する。武帝は聖徳太子のような人で深く仏教に帰依し、
「仏心天子」と仰がれていた。達磨は「自分の仏教は文字に依らず、経典には書いてないことを伝えるのだ。(不立文字、経外別伝、直指人心、見性成仏)と言いふらしていた。武帝が「私が即位して寺を建立した何か功徳があるか?」達磨は「無功徳」
続いて「仏教の教えるものは聖なるものか?」「廓然無聖」(カラッとしたもんで聖なんてものありません)武帝は「一体お前は何ものだ」
達磨は「不識」(しらん)というのである。実に面白い。
私たちは「意識してる自分」を自分と思ってるが、実は違うと言いたいのだ。ではどこに本当の自分があるかということになる。
それは意識していないときの自分である。どこでそれはわかるのかということになる。意識がない時が自分である。
証拠は布団の後に寝たぬくもりと肩が残っているというわけだ。その肉体を自己で意識して、これが私の身体と知ったとたんに、
それは実在から離れて、幻想の世界になる。すなわち「意識的自己」になる。真実の自己に目覚めようとする一派が禅宗となった。

さて、どんな人も自分とは何かを求めて、本当の自分に出会うために生きているのであろう。一休は「人生はたらいよりたらいにうつる五十年」
生まれてくるときも裸で産湯を使い、死ぬときも湯かんで洗って棺桶に入って丸裸、いつもほんとに自分だと言いたいのだろう。
小林一茶は「盥から盥へうつるちんぷんかんぷん」とよんでいるが、実に波乱万丈の人生だったからだ。三歳で生母と死別し、十五歳で江戸へ奉公、三十九歳で故郷に帰って、遺産相続、その後放浪に出て五十一歳なる。三人目の妻を六十四歳でめとるがうまくいかず、
晩年は中風で倒れる。一回は回復するが柏原の大火で焼け出され中風の発作を起こしてなくなる。ちんぷんかんぷんや!

皆さんは裸の自分ですか、ちんぷんかんぷんですか?

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