「変わる、捨てる」といわれるが納得いかない。

投稿日:2017年9月12日 更新日:

世の中が変化し、動いてることは誰もが理解している。
仏教では、それにあわせて「自分を変化させる」あるいは「捨てろ」と表現する。

今の自分があるのに自分を捨てて、世の中の変化によって自分を変化させる。
現実的にどうすればできるか解らない。
「自我」を捨て、「無我」になれと諭されるが、自分がなくなると考えてしまってどうも納得いかない自分がいる。

仏教の中でも「自利利他」という言葉は私のお気に入りだ。
二宮尊徳流に解釈すると、「自利のない利他は偽者で見せかけの利他行だ。

また、利他のない自利は自己中のエゴイストで害になる」これは私流の解釈だが、「変化」しなくても「捨て」なくてもいいので納得がいく。

でも、人間は毎日新しい体験をする、明日は体験のない白紙のページだ。
無我夢中であれ、意図して考えた行動でも、体験を通じ学び成長する。
(いい意味も悪い意味も)

肉体的にはある段階から老化するのは事実だが、精神的には体験を通じ成長し続ける。

新しい体験の結果はいいことも悪いことも経験する。
何故なら人間は不完全にできてるからである。

時には、自分が生きてきた悪い過去を消したいと思う。
現実には過去は消せない。しかし、上書きする事ができる。

「無我」というのは不完全で利己的な「自我」に上書きすることである。
過去を消すことでなく、自分を変化させる事でも、捨てる事でもない。
今の自分を一歩でも何かを学び体験して成長させる事が「無我」になることだ。
今に集中し、過去を悔やまない、未来を恐れないことで新しい一歩を踏み出す事だ。

安岡正篤の言葉に、「一燈照隅 萬燈遍照」がある。
自分の命に燈をともし新しい未来へよりよく一歩づつ歩む事が、結果遍く萬燈を照らす事になるというのである。
昨日より良い成長する自分であり続けることが「自我」に上書きし「無我」となると確信する。

皆さんは「自我」に上書きされて自分に新しい燈をともされてますか?

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