コロナウイルスが教える政治の要諦

投稿日:2020年4月26日 更新日:

コロナウイルスは目に見えない敵であって、感染防止と同時に経済的な停滞、縮小を食い止めなければならない異常事態である。

この課題は矛盾するのである。感染防止を優先すれば濃厚接触を避けライブハウスやみんなで会食するコンパなどをしないことである。特に、仕事が終わって楽しむお酒の席に行かないように外出禁止を政府は要請するとなると小料理屋やスナック、居酒屋は売り上げが立たなくなる。

経済的な大打撃を受けるだけでなく、商売が成り立たなくなる。もし店を閉めるとなれば働いていた人が失職する。すると失業者が増えることになるので、雇用保険に入っていれば失業保険、なければ雇用調整助成金を出す。それも最近では当初決められた限度額一日8330円で日額は90%を満額にしようというように変化してきてる。感染防止の観点では働かなくてもお金はもらえる。

労働者を救うことになるのは間違いないが、一方で会社は収入がなく固定費の家賃だとか車や設備のリース代を払はなければならず、やむなく倒産することになる。

ここ数ヶ月で日本の6600万人が働く会社や商店がなくなることになる。大雑把に分類すると1、大企業は約1万1千社(1459万人)平均1307.6人2、中堅企業は53万社(2176万人)平均41.1人 3、小企業は305万社(1044万人)平均3.4人(このうち成長するのは7.2万社)と見積もられてる。

ちなみにEUの中堅企業は104人平均だ。さて何が言いたいかということですが、実は中堅企業を救って仕事をなくさないようにすることが重要だということだ。

確かに低所得者に30万上げる(のちに全国民に10万となる)家賃の保証や小規模経営には100万中規模は200万差し上げるということだが、いつまで続くかわからないのにこれでは運転資金が枯渇して倒産するしかないのである。事業の基本は三方よしの経営をすることが求められ、自らを磨いていく。

政治は国民の生命、財産を守り、安心して暮らせるようにするのが仕事だ。もちろん働く場所も確保しなければならない。決して働かなくて保証することではない。

いつ終息するかわからない非常事態とは今までの生活状況の経済活動が根こそぎ壊され、感染防止と経済活動の縮小という課題が同時にやってきてるのである。アメリカの元財務長官は企業より労働者を守ることだ。貧富の差を広げた新自由主義のマネタリストが招いた結果だという。日本はどうかというと逆だ。

人権を柱に労働者を守るという立場で弱いものを助ける投資が行われようとする福祉は絶対という大衆迎合主義が現実に行われてる。政治の人気取りにはなるが根本的に労働者を救いたければ会社を存続させることが本筋だ。今はどんなに財政赤字が増えても昨年の売り上げすべて補償すべきである。

そうすれば結果会社や商店も守れ働く人も守れるのである。政治は今起こってる異常事態にどう対応するか試されている。

それには歴史に学ぶことだと感じる。徳川家康、北条雅子も学んだ「貞観政要」にはその要諦がかかれている。

唐の2代皇帝李世民(太宗)貞観時代(627~649年)の政治である。「わが心は称(天秤)のごとし、公平無私」を務めた人物だ。そこには素晴らしい側近がいた。なかでも魏徴(ぎちょう)は太宗が奢侈に流れそうになった時諫言をしたのである。太宗は感じいって、己の愚行を認め直ちに改め、

「良薬は口に苦くても病に利あり、忠言は耳に逆らいて行いに利あり」(孔子家語)と進化のものに諫言を奨励した。しかし臣下は口を紡ぐばかりであったので、

魏徴に聞いたら、「知りて寝黙するなかれ」寝黙する人は1、意志の弱い人 2、使えて日が浅く、自分に信頼があるか明かりきれない人 3、自分の今の地位が大事なものは口を開かない。「徳は才の主 才は徳の奴なり」と答えたのである。心技体とよく言われるように体も頑丈であり健康で才能もいるが徳のある心を磨くことを実践したのが太宗だ。

皆さんは政治の要諦は公平無私と思われますか?

-仕事
-