人間を信じ、自分を信じるところに成長がある

投稿日:2015年1月27日 更新日:

夏目漱石の「草枕」の冒頭に、
「知に働けば角が立つ、情けに棹差せば流される.
意地を通せば窮屈だ。とかくにこの世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安いところに引っ越したくなる。
どこえ越してもすみにくいと悟った時、
詩が生まれ、画(え)ができる。」

「人の世を作ったのは神でもなければ鬼でもない。
やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。
ただの人が作った世が住みにくいからとて、
越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
人でなしの国は人の世よりも住みにくかろう。」

「越すことのならぬ世が住みにくければ、すみにくいところをどれほどか、
寛容(くつろげ)束の間の命を、束の間でもすみよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職ができて・・・・・・」

要するに現実の良くも悪いことも受け入れて良くする努力をする以外に人生を楽しめないということだ。
さて、人間は生まれながらに善か悪かという議論があるが、

悪人なんか生まれながらいないのである。
漱石のように人間が人間を信じないで越す国はないのである。

性善説とは2500年ぐらい前の中国で孟子が唱えた説だ。
意味=人間の本性は善で先天的に持って、悪の行為は本性を汚し隠蔽することから起こる。
要するに自分にうそつかない努力することだ。

性悪説とは荀子という人が言った説である。
意味=人間の本性は利己的欲望と見て善の行為を後天的習慣によってのみ可能にすると解いた。
要するに善行を怠らず努力してやれということだ。

どちらも人間を善悪で区別するのではなく、
本質の性質を言ってるだけで、人間を信じるところから唱えられた説だ。

しかし、われわれ凡人は自分の価値判断で人間を善人と悪人に区別してしまっている。
区別して自分で迷いや悩みを作る結果になっているのが事実だ。

こんな言葉がある「「罪を憎んで人を憎まず」
人間を100%信じるところからしか、
平和は来ないし極楽の世の中も実現しないと察する。

皆さんは人間を100%信じますか?

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