歴史の中の再建の達人

投稿日:2016年6月22日 更新日:

二宮尊徳は600ヶ村を豊かにして再建したのは有名な話だ。
新田開発をし、あぜ道を利用して豆を植えたり、工夫を凝らし、
開発にいる資金を金利なしで貸し付けたりもしたのである。
また、報徳表彰制度により、開発した耕地からの収穫から個人に還元される具体的仕組みを作った。
尊徳翁の報徳思想は、1.勤勉 2.倹約 3.推譲が基本だ。

また、米沢藩の財政再建をした上杉鷹山を育てたのは、細井平洲だ。
鷹山の基本的な改革のコンセプトは江戸時代の商人の四か条だ。
1.始末(節約すること)
2.算用(勘定が合う、入りを増やして出を押える)
3.才覚(殖産興業で国を豊かにする、民を豊かにする)
4.、信用(米沢の人にもっとも大事なのは他人への思いやりだと考え生活環境の都市整備に着手する)
鷹山は
1.殖産興業で豊かな財政にする
2.理想的な環境整備をして民の生活が暮らしやすく豊かにする。
3.そのために人つくりを進め学校を作る。(もちろん平洲先生が名をつけ「興譲館」)

基本理念がしっかりすることで半分は物事は成果を上げることができる。
ところが改革案を作ったのは米沢本国で少し変わり者の武士たちで集まって江戸の屋敷で作った。
草案は素晴らしいが、本国の米沢藩の古参の武士は反対した。

なぜなら、現状の財政を窮地に追いやった古参武士を批判して、
改革をすすめる勢いでは内部分裂する危険があった。

鷹山は悩んで平洲先生に相談した。
二つの提案があった。
1.良いことでも誰が言うかによって成功が決まる。
(ただ正義感だけが強く、強い情熱があっても上司を嫌ったり、
部下をさげすんで事を起こせば成功しない。
だから、自分を変えてもらうしかないと言い放った。
鷹山は先生の意味するところを理解して改革派の武士に自分を変えてくれと説得した。)

2.勇なるかな、勇なるかな、勇にあらずんば何を持って行わん。
(本国へ赴くのは薄氷を踏むようなものだ。
ほとんどの人間は知らないのだから勇気以外何もありません
男気を持つことを諭した)

平洲先生の「嚶鳴館遺草」には「民の親と心得よ」から始まる。
これが日本のリーダー像の原点でもある。

東京の都知事のリーダーとしての要諦は如何なものかと考えざるを得ない。

皆さんは歴史の中の再建の達人ご存知ですか?

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