安岡正篤先生に学ぶ

投稿日:2014年1月26日 更新日:

『布能包物
 身能包徳
 心能包天』

布よく物を包む
身よく徳を包む
心よく天を包む

安岡先生は上記のように語る。

小さいころからこんなことを考えて生きてきたわけではない。
だから眼に見えることは真似して行動もできる。
そうするほうが都合がいいからだ。
布は包むのに便利だから、だれでもそのように使っている。

ところが自分の身体をどう使うかよく考えたことは無いが、
好きなことは一生懸命に夢中になってやりたくなる。

いくら好きでも、眠くなったり、同じ姿勢が続いたり、
長い時間身体が拘束されることは避けたいと考える。
だからしんどいことはしたくない。

私のほしいものがもらえるなら、少しぐらいは辛抱するが、
死ぬまでやり続けたくないのが普通だ。

これ、誰に教えてもらった訳ではないが、自然とこう考えた。
しかし、安岡先生によると、身は利他行をして徳を積む行動をすると諭される。
私の自然に身についた考えとは逆だ。

さて、もうひとつわかりにくい「心」は何を包むものかと言うと、
私の損得では無いし、私の善悪という価値でもない。

「般若心経」は心の経だから、心について書いてある。
心は五蘊〔五つの情報器官〕から得た外界の情報で、
心という鏡に意識をつくり、法〔法則〕として記憶する。

そんな心は幻覚〔仮の姿〕と一緒で何にもないと『空』の理論を展開する。
しかし、安岡先生は『天』を心に包めというのだ。

さて、『天』とは何かと言うことになる。
「天」と言う漢字は「大」は人を表し「一」は人の上のほうの空の方向をさす。
「天」は東洋の世界観では陽気で「地」が陰気を象徴するとされた。
だから、大乗仏教で言う『空』と同じ意味で使われている。
抽象的でわかりにくいが、自然の法に寄り添うことだ。
人間は自然の中から生まれてることはまちがいない。

『空』については別の機会に書くことにする。

みなさんは自分の身と心どう育ててますか?

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