慎独に学ぶ

投稿日:2015年12月20日 更新日:

安岡正篤さんの『独』の意味は深い。
1.私たちは他に対して存在するという意味では相対化すると『孤独』である存在を自覚する。
それは他に対する受容を意味する。価値観の違いを受け入れる寛容でもある。
言い換えると事実の良し悪しを問わないで受容するには無私でなければできない。
無私とは自分がないことでなく、自分が成長することだと覚悟することだ。

2.もう一つの『独自』で自分は自分という絶対的な存在だと言う。
他の価値を受け付けない独善的な意味でなく、自分は絶対無二と言う意味だ。
言い換えると世俗的な地位や名誉などに少しも乱されない自ら成り立つことだ。

この二つを慎むことが『独』である。
相対的な『独』は「布施忍辱」の利他行だ。
絶対的な『独』は「無欲」「無私」の自己修養だ。

幕末の山岡鉄舟が西郷隆盛とあって江戸城の無血開城を実現した。
西郷さんが控えの間にいた鉄舟のことを勝海舟にいった言葉は有名だ。

『命も名誉もいらない、官位も金も要らないというような人は扱いに困る。
しかし、このような人物でなければ困難を分かち合い、
国家のために大きな仕事を成し遂げることはできない』

暗殺の横行する血なまぐさい幕末に、彼は一人も殺していない。
剣の流儀を『無刀流』と名づけた。
「無刀とは、心の外に刀なしということにして、三界唯一心也。内外本来無一物なるが故に、
敵に対するとき、前に敵なく、後ろに敵なく、妙法無方朕迹(ちんせき)を留めず。
これ余が無刀と称するわけなり。」

鉄舟は武士道を武士だけのものでなく、日本古来の精神的原理であると考えていたのである。
文明開化がなされ、西洋の物質文明が急激に日本に流れ込んだときも、
西洋の科学知識を否定するのでなく物質文明と精神文明の調和してこそ『真の文明』と考えていた。

鉄舟の考えた物質文明と精神文明の調和こそが独立自尊の気概であり、
『独』を慎むことに自分が向き合い実践した鉄舟のすごさを感じる。
工業化社会から情報化社会へ大きく変化する時代を生きるわれわれに、
歴史は私たちに語りかけてるに違いない。
『慎独』できてますか?

皆さんは情報化社会のなかで根本的な調和どう考えられますか?

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