命と努力について

投稿日:2013年10月6日 更新日:

小学校のころ交換日記のようなことをした人も多いと思う。
それと同じように社内LANの日報があり、楽しみで毎日読んでいる。

新入社員として入ったころから三年も経てば文章表現が上手くなるだけでなく、
自分を客観的に見る目が育ち、中身も深く広く成長してるのが実感としてわかる。

今日の日報に心から喜ぶ記載があったので嬉しくてたまらないので書くことにする。
N君の赤ちゃんが誕生して半年もICUに入らなければならない命だった娘が、
ICUから出て自分の力で呼吸ができるようになったと言う報告だった。

短い文章の裏には命の尊厳、娘をいとおしく思い、何もできなかった親の苛立ち、
何かをしていても気がかりになる自分との戦いがあったことが感じるとれる。

人間は矛盾した存在だと私は思っている。
だから自分の中には二人の私がある。
1、一人は五感からくる意識する私(顕在意識に影響される)
2、もう一人は自然から授かった無意識の私(潜在意識に影響される)

若いときは顕在意識の自分を自分と思っていて、なんでも理屈で戦わしたり、
知らないとだまされると思いこみ、知識を詰め込むことばかり考えていた。
しかしあるとき、風邪を引いた。
どうしても明日の用事のために「治れ」と自分の意識に言い聞かせたが治るわけがない。

二、三日ただ寝て、
内臓に負担にならないおかゆなどを食べると不思議に治るのである。
自分の意識で直したのではないことは確かだ。
そのとき私は確信した。
目には見えないが、天から授かった宇宙の力が人間の中に入ってるのだ。
村上和雄先生は「サムシンググレイト」と表現される。

この娘には生きる力が授けられている。
それは自己犠牲してでも良くなってほしいと願う両親の愛と、
彼女の天から授かった生きる力の命が無意識の世界でつながったとしか考えられない。
〔私は決して神秘主義者でも占いに心身を任せてしまう主義でも、
 科学至上主義でもオカルトな宗教に被れてもいません〕

しかし、生を受けたら、両親も娘も生き続けるには努力がいる。
努力すると言うのは特別なことではありません。
一生懸命自分の命をいきいき生かすことを努力と言う表現をする。(開放的に積極的に)
五感からくる顕在意識の自分の欲望が深くなると、
「怠け心や、欲張り心、無知からくる恐れや不安な心」に支配され
努力を怠るようになるのが人間だ。

こんな言葉を思い出した。
「人は天から徳を授かってこの世に生まれる。
 人は誰でも有徳の子なのである。
 だから、耕さない沃野が荒野と化すように、
 陶冶(とうや)なければ徳は乾涸び(ひからび)涵養(かんよう)されない。」
自分で自分を育てることが人間にとって努力で大事なことだ。
しかし、努力には苦痛が伴うからやりたくないのが人情だ。

また、京都大学元学長の平澤興先生は、
「努力することの本当の意味は人に勝つということでなく、
 天から与えられた能力をどこまで発揮させるかにある。」(前向きなとらえ方だ)

この親子は命について真剣に向き合うことを、
天からチャンスをもらっていると感じる。

みなさんは天の命を一番に意識的な自分が二番になってますか?

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