最近知った本に、「家族構造とイデオロギーシステム」を書いた、
エマニュエル・トッドと言うフランスの人口学者がいる。
実に面白いのは、「自由・平等」を金科玉条にする政治家の言葉遊び(観念の遊戯)を痛烈に批判する。
だから学者からは嫌われている。
欧米は論点が違うから議論として対立する論が共存し、弁証法的飛躍を導き出すのが得意だ。
(日本人はあまり得意ではない、否定すると存在まで否定されるように受け取るからだ)
さて彼は家族を8つのカテゴリーに分けて説明する。
特に日本は権威主義的家族に分類され三つの特徴がある。
1.相続は一人の子供に(兄弟間不平等)
現実の法律は平等が建前だが、実際はほとんどは長男に任せる
2.結婚すると同居する(今は核家族化が同居でなく親だけ単身となる傾向)
3.兄弟の子供同士の結婚はない。(結婚は近親ではしない)
排外的で女性の地位が最も高い家族構成、母権型
ところが日本は戦後はアメリカ型のルールが入ってきて自由平等を金科玉条にするようになった。
現在のところは法律的にも中途半端な半分半分の価値観でハイブリッドな時代だ。
(旧民法ではお墓は長子相続だったのが、新民法は相続権に入っていないで自由になってるが、
一般的にはまだ長男が面倒みて、誰も居ないときは次男となるのが普通だ)
アングロサクソンの世界は絶対核家族型で、オランダやデンマークが今もそうだ。
特徴の三つは、
1.相続に関する明確な規則はない。遺言によることが多い
2.結婚した子供たちと両親の同居はない
3.兄弟子供同士の結婚はない。
さて他の6つを紹介するには紙面が限られているので、
結論的に感じたことをいうと、自由だ権威だという主義が出てくるのは、
婚姻制度や遺産の分配の方法の家族のあり方から自由を求めるのが核家族型(アメリカ)で、
三世代同居型の権威主義(日本)では代々長男がうまく取り計らうと暗黙の合意がある。
(キリスト教の世界の婚姻は近親ではしないイスラムとは違う)
トッドはさらに突っ込んで、アラブに住むイスラムの家族形態をみて、
彼らは先進国が1900年の初頭の家族関係を現代経験してるところだと位置づける。
世界は資本主義と、共産主義の戦いでなく、先進国と後進国の対立構造でもなく、
家族のあり方の違いのために、互いが家族を守るために主張し有ってるという見方をする。
一方でドラッカーは「生活」のライフスタイルを創造し「顧客創造」する時代だと、
現代が生きる社会環境も含めた新しいライフスタイルを生活する人と、
提供する人がともに作る時代だといってるのに違いない。
皆さんはトッドの視点どう感じますか?