「浄楽我常」ではないのが現実

投稿日:2015年5月3日 更新日:

毎年4月入社の社内研修が終われば歓迎会が恒例になってる。
バーベキューパーティーで新人の出しものが披露される。

今年は仮装や一発芸がなされて楽しませてくれた。
新しいフレッシュな新入社員を見ていて希望と可能性に満ちた溌溂さを感じる。

さて、40年近く経営をやってきて10年単位で振り返ってみると、
いろんなことが走馬灯のように思い出される。

社内研修の先生になるのが先輩社員で、
それぞれがテーマに沿っての座学で講義形式になってる。
一番最後の講座が私の講座だったので、
「誰の話が印象的か?」聞いてみたら、全員がM先輩の話だというのである。
具体的で面白おかしく話してくれたというのである。

そこで、私も創業当時のエピソードを交え具体的な出来事を話す事にした。
苦労話になるのは面白くないので、
当時の不安な気持ちをバネとして無我夢中だったありのままの自分を語った。

話していて、ほんとに毎年毎年いろんなことが起こり、
ただひたすら現実に真正面から体当たりしてきただけだと気づいた。

自分の思いは「浄楽我常」を求めているのに、
現実は逆で、世の中を生きるために行動したら「不浄、苦、無我、無常」にぶつかり、
決して「安楽」で「立命」な心定まった状態にならない。
迷い、苦しみ「えいやー」とぶつかって行くしかない。
答えを解ってるわけではない。
自分が納得しているわけでもない。
「不安」が原動力になって、行動できたのが事実だ。

御釈迦さんはこの事実を伝えたかったんですね。
「なりたい」という思いと今の現実は反対だと悟れと言いたかったんですね。
さすれば、現実を理想な状態にするにはどうするかということになる。

これにも答えをくれているんですね。
二つあります。
1.「自灯明」「法灯明」自分に頼れ、私のといた法に頼れ。
2.「智慧」と「慈悲」自分で知恵絞って考え、
自分を大切にして他人の悲しみを自分の悲しみにして利他行しろ。

誰でも理屈はわかるんですが、
まず自分の欲を果たしてからと利己心が一番になるのが普通だ。
しかし、事実を素直に受け入れたほうが「不安」はなくなるのも事実だ。

皆さんは現実を「不浄、苦、無我、無常」と受け入れられますか?

大阪石材社長ブログ

2021/04/11

「楽天知命、故不憂」に思う

「楽天知命、故不憂」は『易経』の中にある一文だ。意味=天を楽しみ命を知る。故に憂いなし。『辞海』という辞書によると天と命 ...

大阪石材社長ブログ

2021/04/09

「知識労働者」こそ付加価値を産む

1969年の「断絶の時代」という著書の中でドラッカーは情報化社会の働き方が大きく変わることを予言していた。日本は1970 ...

大阪石材社長ブログ

2021/04/05

「母親の口癖」に思う

昭和20年代後半の私が幼稚園に行くまでは、少し悪いことをすると母親は「お父さんに言うよ」と言ったものだ。戦争帰りの親父は ...

大阪石材社長ブログ

2021/04/03

「中道」に思う

「八不中道(はっぷちゅうどう)」という言葉が竜樹(りゅうじゅ)の「中論」にある。また「三論」にも書かれている。「中論」の ...

大阪石材社長ブログ

2021/03/30

「寺子屋経営」の時代が来た

戦後の日本経済を振り返ってみると、昭和30年代後半頃から中学卒業と同時に集団就職で上京した「金の卵」と言われた若者たちは ...

-生き方
-