先日、鹿児島に行く機会があり西郷隆盛さんのお墓にお参りしてきた。
西郷さんが学んだ漢籍に興味があった。
それは陽明学だ。
「心則理」=真理は自分の心の中にある。
「致良知」良知を致す、良知を窮める。
こんなことが朱子学とは違う行動哲学であり維新の行動の精神だった。
今NHKの大河ドラマで松陰の妹、文を通じて、
幕末に佐久間象山(兵学者)に師事した傑物の吉田松陰(藩の兵学指南役)を描いている。
彼もまた陽明学を学んだ一人でもある。知行合一だ。
また、「孟子」を深く学び、自らに武士として五常(知、信、仁、勇、厳)を身につけ、
五倫(父子の親、君臣の義、夫婦の別、長幼の序、朋友の信)を実践することこそ武士だと心得ていた。
これを現実にできるようになるには、大変な努力がいる。
松陰が残した「講孟劄記」のなかに、
「明主に忠あるは珍しからず、暗主に忠なるこそ真忠なる」
松陰は「国が強く、勢いのあるときには、誰でも忠勤に励む。
しかし、国が衰えると、志を曲げて、敵に降りたり、主君を売る類のやからもでる。
だから人は晩節を全うするのでなければならない。
賢い主君に忠義を尽くすのは珍しいことでない。
しかし、暗愚な主君に忠義を尽くしてこそ本者の忠臣と言える。」
さらに、この臣君の関係を父子の関係も同じだと、
「慈悲ある親父に孝心を尽くすことは珍しくない。
頑固な父に孝行してこそ、真の孝行だ。」
松陰は国を変えることはできない、藩も変えれない、
主君も変えれない、まして両親は変えれない。
だから、武士たる心を創り磨くため自分が変わるんだというのである。
天晴れとしか言いようがない。
私に置き換えて、両親にこのように接していたか振り返ると、失格だ。
両親の長所は受け入れたが短所は許せない気持ちでいたのが事実だ。
松陰を学び自分の心の狭さに恥じ入るばかりだ。
ほんとの自立は長所、短所を分別せず、
両親に感謝の気持ち100%で受け入れ孝行することだ。
しかし、孝行しようとする時には、父はすでに亡くなり、
母は認知証でグループホームにいる。
今できること精一杯行動をするしかない。
皆さんはご両親に孝行されていますか?