徳治主義と法治主義のハイブリッドを目指して

投稿日:2014年6月6日 更新日:

古来中国では人間は元々善だと考える性善説を唱えたのは孟子だ。
BC3世紀ごろ孟子とは反対に『人の性は悪なり、其の善なるものは偽(いつわり)なり。』
荀子と言う人がでてきた。
哲学的に深い意味での性悪説でなく、
『人間とは弱いもの』と言うぐらいの意味での悪である。

さて、ことさら人間は不完全である故に、
どうしても一方が良いとなれば一方に偏ってしまう。
日本の江戸時代の政治は徳治主義を良しとした。
上に立つ人は民の事を慮って、
自分のことより先に民を潤わすのが名君とされた。(先義後利)
もちろん、これに反する暴君もいっぱい出てくる。

しかし、上に立つ人が公明正大なら納得いくが、
だんだんと利権化して、私腹を肥やすようになるのもこの主義が行き過ぎると起こる。
1990年ごろから日本の金融の護送船団方式も疑わしいとなり横並び金利や談合はだめだとなった。

そこで反省するのは良いが、極端に法治主義に舵をきり、
コンプライアンスを重視し欧米化するようになったのも事実だ。
もちろん権力のあるものが利権をかさに着ないようにするのは良いことだ。

しかし、法令を遵守することで活気や自由な行動まで成約され苦しくなる側面がある。
法さえ守っていれば安全であるかもしれないが、
20数年デフレになり、経済が停滞したのは、
改革や進歩といった創造性のある情熱や失敗を恐れないチャレンジする積極性が失われたからだ。

私たちが目指すのは極端な○×での二元論的な議論でなく、
現実を上手く発展させ解決するために『中道』を見出し実践することだ。
弁証法的には「正」「反」でなく「合」を見出すことだ。

現状は医療、年金、老後の介護、すべてを国に押し付ける形となって、
結果として国民が自分で自分のクビをしめる結果になってるように感じる。

今こそ『知足』を磨く人格形成が問われる時代ではないだろうか?
経済優先で消費を謳歌するのも良い。
しかし、一方他人から強制されての意味でなく、
あるものを大事にする価値を一人一人自覚し生活することを法治によって創ることを望む。
欧米の個人主義を礼賛する二元論的な民主主義でなく、
向こう三軒両隣りの共同体が育んできた、
「和」と「助け合い」のある人間関係ができる社会を創るのが急務だ。

皆さん今の世の中はこのバランス崩れてると思いませんか?

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