知行は循環する

投稿日:2014年1月21日 更新日:

テレビ番組を見てると「YES・NO」とどちらか選択させて楽しむ番組がある。
他人のこととして面白がってるのにはいいが、自分のものの考え方にも影響する。

安岡正篤先生は人と環境があいまって自由自在に変化していくと考えられてる。
ここが大事なところであり、自分のたち位置を
二者択一でどちらが正しいと言う立場に立た無いで循環して動いてとらえることだ。

知行は循環するのだ。

知には1.素朴にありのままを観察する、その本質までも洞察する。
     2.観察したものに対策を講じて対応作を創造する。
行にも 1.創造した対策を実行することにより方法が正しかったか検証する。
     2.行動から事実の誤謬を探し、次の課題を見つけ知へ循環させる。

さて、安岡正篤先生の表現ではどうか、
「人生は自ら創る」という本から以下の文を紹介する。

「『人間は社会的生物であるから、社会とどう交渉をもち、
  どういう風に関連していくか知らねばならない。
  本当に知ると言うことは、創造することである。』

『知るは行いの始めなり。行いは知の成るなり』という王陽明の説明がある。
 知と言うものは行いの始めである。
 行いと言うものは知の完成である。
 これが一つの循環関係をなすものである。

知から始まるとすれば、行は知の完成、そしてこれは行の始めだから、
知というものは循環するわけです。

本当に知れば知るほど、それは立派な行いになってくる。
知が深くなれば行いがまた尊くなって、という風に循環する。

たとえば人間と環境といったようなものだ。
人が環境を作るか、環境が人を作るかということがよく問題にされるが、
確かに人が環境を作る。しかし環境がまた人を作る。
人と境があいまって自由自在に変化していく。

境に人が作られるということに捉われてしまえば、
人間は単なる物、機械になってしまう。
自主性・主体性・自由と言うものはなにもない。
人が境を作るからして、そこに人間の人間たるゆえんがある。
自由というものがある。
すなわち主体性・創造性がある。

だから人物が偉大であればあるほど、立派な境を作る。
人間が出来ないというと、境に支配される。」

環境を支配するのでなく、また支配されるのでもなく、
人間と環境が共存しともに生かされる『知』と『行』を磨くことが私のするべきことだ。

みなさんは知行が循環していますか?

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