コロナウイルスが教えてくれる自由という創造の時間

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コロナウイルスが教えてくれる自由という創造の時間

コロナウイルスが教えてくれることはたくさんあるが、今改めて、自由について考えてみた。外出禁止、人との濃厚接触を禁止して感染防止を要請される事態となっている。不自由を感じイライラするのが普通だ。

自由というのは自分の思いのままに好き勝手に生きれることなのか?そのためお金さえあればどんなものでも自分の欲しいものが手に入る事なのか?お金を手に入れるのには自由に好きに働いて稼げるのか?

昨日までの日常生活ができなくなって、朝起きてご飯を食べ、12時になると昼食をとり、夜に家に帰って夕食をとる。たまに仲の良い友人と食事をして談笑する。私はほぼ毎日こんな生活をしてるので、目に見えない死神に怯えて暮らしていないし,早く日常に戻ってほしいという願望もない。規則正しく毎日を送っている。

いつか終息することは間違いないし、今は防御することが他人のために(利他行)なるので政府の要請に沿うのが賢明と考え行動する。現実的には毎日が単調で休みもなく自由度が小さいように見えるが、自分で仕事に没頭するから利己心を抑えられて利他行ができるので納得してる。そうすると心の自由が広がって創造的になる。物事が如実に見えてくる。
心はシーソーのようになっているのだ。逆に自分の都合を優先して利己的に行動して「損得、好き嫌い」を基準にしてると心の自由度が小さくなって選択するのに人や物を疑ってかからなければならなく面倒くさくなる。

西田幾多郎は「我々は自己否定的に逆対応的にいつも絶対的一者に接してる」だから普通は「苦しい時の神頼み」と言って、自分の現実が苦しくなったら、自己否定(他己肯定)せざるを得ないから、神様という絶対者にすがるのである。この自己とは肯定的自己(自己の前向き欲望)言い換えると利己心の自己である。しかし自己否定の自己(他者の前向きな欲望)は利他心の自己と言える。人間にはこの二つの自己が赤血球と白血球のようにバランスを取りながら生かされているのである。これを言葉にすると「中庸」とか「中道」という。でも自分の意識でコントロールするには利己心と折り合いをつけなければならない。

コロナウイルスが教えるのは自己肯定の自己と他者肯定の自己は矛盾するようですが、同時に存在して、他者肯定で生きると自由自在な創造力が得れることは確かだ。それは日常の生活習慣をしっかり作る事が重要だ。習慣は第二の天性と言われるのはここに意味がある。

皆さんは自由という創造の時間持てていますか?

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