「計画と予想の違い」

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「随処に主なれば立処皆真なり」は臨済禄にある言葉だ。
この解釈を三つの角度から考えてみる。

1.人間には時間と場所(空間)がある。突き詰めれば24時間、時間の主人になっていますか?
ともいえるし、今いる処の身も心もどっぷり場所の主人となっていますか、頭がほかの場所に行っていませんか?

2.公私の角度で論じると「自他不二」私とあなたのように分別せず、私のあなたと私心なく、市長や政治家のように良識をもって、公僕のような行動ができているかという心のすえ方だから真実が見えてくると臨済は迫る。

3.責任感の角度から主体を見ると自己の決断行動は100%自分の責任だから真実が見えるというのである。
この説明は仕事をする姿勢で考えるとわかりやすい。「計画」と「予想」の違い。

「計画」とは「未来に関する現在の決定である」ドラッカー
いうなれば、自分の行動の良し悪しにかかわらず結果に対して100%責任を持つ姿勢で仕事する。
当然と言えば当然だが、一般には未来のことで変化するので自己責任は取れないと考える人が多いのも事実だ。
ところが、オリンピックのように開催日が決まっている計画は時間をずらせないで予約切符も売られているので予想はつかないと言い訳できない。
でも、国家的な周知の元での計画は守られるのに、小企業の経営計画書は守られないのはなぜだ。
自己責任が欠如しているから、随処に主になれない。

さて、「予想」は阪神巨人の戦いをどちらが勝つか予想することで、自分で行動しないから外れても責任は持たない。
第三者が行動することだ。

臨済禅は実に深いところまで射抜いてくる。

一方曹洞禅の道元も厳しく差してくる。
「随処に主」になるには現実に飛び込めと背中をたたく、「冷暖自知」と言って温かいか冷たいは現実に飛び込んでみろというのだ。
まさに「主」だ、解決の知恵が出なければ、結果はやけどするか心臓麻痺になるかはわからないが。
もう一つの方法は「立処皆真なり」を具現化するには「身心脱落」せよ。
人間の持っている三界(欲界、色界、無色界)を解脱した主体で真実を見よ。
こう来るのですね、坐禅で身心脱落せよ!!と只管打座する。

皆さんは自分が主人となって決心、覚悟して楽しんでいますか?主となって!!!

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