等身大の自分である

投稿日:2019年3月18日 更新日:

「素直」は私の一番好きな言葉だ。
私なりの解釈は「できることできないこと、知っていること知らないこと」
これが男女問わず、年齢の上下も、社会的立場も関係なく良心に従って、
素直に言える自分でありたいと願っている。

あくまでも「素直でありたい」と強く思っている。

現実は不完全で素直でない自分もいるのが事実だ。
思いが強いと、つい熱が入って大声になったり、言葉に感情移入してしまう。
子供や女性には脅されてるように受け取られることもある。

釈迦の十二因縁では人間は「無明」、知らないから行動するという展開になる。
言い換えれば、毎日朝目覚めたら知らない白紙のページが与えられて、
現実の中で優先順位をつけ行動する。
すると現実が変化する。
また一つ知ることができ、具体的にできることが増える。
変化は成長という。

ただこれだけだ。
良寛さんは、
「相逢って相別れ、去来白雲の心 
ただ霜をとどめるも跡はなし
人間尋ぬべからず」

良寛さんは人間とは何かを追及され、
いろんな出来事を体当たりでぶつかって対応されたから、
こんな詩を書かれたに違いない。

私も若い時から「自分とは」と考え悩んできた。
自分とは生きて生きて生きてみる中で生きぬくときに出す智慧を行動化した時に現れる。
生きるとは前進することだけでなく、バックしたり、途中下車もあるのが現実だ。(現実絶対肯定)

さて、中国の古典を読んでいると生きる中で、
実際に出会う出来事の中に感じ、共感し納得するものに出会う。

論語の学而第一に、
「学べば則ち固ならず。忠信を主とし、
己に如かざる者を友とすること無かれ。」

意味=学ぶと独善や頑固にならない。
誠を主人として、安易に自分より知徳の劣った人と交わって良い気にならないこと。
人間は自分より劣ってる人にえらそうに言うのが好きですね。(おごり)

老子は、
「信言は美ならず、美言は信ならず」

意味=真実味のある言葉は飾りっけがない。
飾りっけのある言葉は真実味はない。

菜根譚には、
「人を悪をせむるには、太(はなは)だ巌なることなかれ」

意味=部下であれ、自分の子供であれ、人を??るというのは難しい。
他人なら放置すれば良いが、部下や子供はできない。
??れないのは責任放棄に等しい。
厳しすぎてはいけないというのである。

ここがポイントで言いたい事は、
「相手に受けいれられる限度を心得ておくという事だ」
昨年、運動部の指導方法で日体大のラクビー部がマスコミの取り上げられた。
行き過ぎた厳しさで、反骨精神を練習にぶつけるやり方だが、
感情移入もして怒鳴り散らしたり暴力を振るう結果となった。

この指導は受けいられない世の中になってきてることは事実だ。
古典に習って、リーダーが変わることだ。

虎にならなくても、荘子(達成篇)にある故事に由来する「木鶏」を育てるリーダーがいる。
等身大の自分で育てるには、まず自分を調教する事が必要充分条件に違いない。

皆さんはリーダーが変わることどうおもいますか?

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