分別以前の「ある何者か」

投稿日:

現実は右左、善悪、貧富などと二つに別ける。
これを仏教では分別知といって現実の浅い知恵だと切り捨てる。
分別する前はどうな状態だったかというと紙幣のようなものだ。
1枚の紙におもては福沢諭吉で裏は鳥の図柄で福沢諭吉ではない。

でも一万円として使える。

裏も表も同じ福沢諭吉だと『偽札』だ。
言い換えると本物の人間なら健康な細胞(仮に表)と、
病気になる細胞(仮に裏)が裏表になっているのと同じだ。
全く違う概念が背中合わせで一体のものなのだ。
身体や、精神が異常に一方を使いすぎると、「ある何者か」がバランスを取る。

病気の細胞(バクテリアみたいなものを創造ください)が健康な細胞より勝ると熱が出て動けなくなる。
身体を休め一日中寝ると回復する。
自分の意志とは無関係だ。「ある何者か」が仕事をする。
これを村上和雄先生は『サムシンググレート』と名づけられる。
では表を大事にするのと裏を大事にするのではどちらが優先するかを考える。

論語の憲問第十四に「子曰く、貧しくして怨む無きは難く、富みて驕る無きは易し」

これは管仲(斉の大夫)を誉めた言葉だ。
意味=貧しくても怨みがましくならないのは、むずかしいが、
   それに比べて富んで驕り高ぶらないのはたやすいことだ。
表ばかり見つめて裏を手入れしないのはいかがなものかという意味だ。
柔道も技をかける練習より受身の練習が先だ。
相撲も勝ったほうを誉めるより負けたほうを応援することが謙譲の美徳で、
行司は『はっけ良い残った残った』と負けてる側に声援するのだ。

なんと自然な宇宙のバランスではないか?

聖徳太子が『和を以って貴し』という自然との共生を大事にしたのは、
個人性と社会性を統一させる共同体実現であり、宇宙のバランス感覚だ。

日本の農耕文化には自然との共存共栄が欠かせなく、
共同体の精神的支柱が出来上がってきた。
その基本が自然崇拝と先祖供養なのだ。
自然と自分の先祖への感謝から自分を見つめるのだ。

みなさんもサムシンググレートの存在感じられますね!

大阪石材社長ブログ

2021/02/28

「人間マネージメントのコツ」

何百人という部下をやめさせてしまった自分の理由を「部下が悪いと部下のせいにして自分は間違ってない」「ただ厳しく育てている ...

大阪石材社長ブログ

2021/02/25

「菜根譚」に学ぶ(第三)

中国で儒教が統一されたのは諸子百家を経て、前漢の時代の董仲舒(とう ちゅうじょ)(BC176年~)が陰陽五行説などと結び ...

大阪石材社長ブログ

2021/02/24

「維摩経ファンタジー」という本に学ぶ

お経にファンタジーと書かれた天女が舞う挿絵がカバーの本が届いた。仏教経典は漢文で書かれていて、紐解くのに大変苦労する。ま ...

大阪石材社長ブログ

2021/02/18

「コロナショック」バブル崩壊がやってくる

金融市場は日本の株価がダウ平均3万となり、ニューヨークの株価もダウ平均3万ドルを超えている。実体経済はコロナで成長どころ ...

大阪石材社長ブログ

2021/02/17

「井原西鶴」に学ぶ

生國魂神社は大阪の上本町にある。縁あって「結の玉」を奉納させていただいた。ホームページを見ていただければ写真が載っている ...

-生き方
-