相対的と相補的を越えて中道を私に

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相対的と相補的を越えて中道を私に
『塩狩峠』を書いた三浦綾子さんは『義人なし、一人だになし』と言う言葉がある。
彼女はキリスト教を深く信仰してる作家だ。

この義人というのも原罪を背負う人=キリストのことだ。
要するにみんな罪人であるという前提だ。
当然世の中はすべて相対的で性悪説で確固としたパーソンがあると考える。

彼女は続けて『人間は相対的な生き物であり、
          喜びも悲しみもすべて向き合う相手がいて生きている』
という。

逆説的に相補的で性善説で変化する自分〔自然の分身)と考えることも出来る。
自然に感謝し共生する妥協的いきかただ。
決して自然を人間の奴隷にしたり、挑戦的に敵対しないのだ。
私はこの考え方のほうがスッキリして腑に落ちるのが不思議だが事実だ。

私と言う言葉には、
1)「自分」=自然の分身
2)「我」=鋸の意味で全体から部分を切り落とす道具
      (もともとのこぎりを意味したのは「我」で、のこぎりは後でつっくた文字だ。〕
3)「吾」=五とは下の器の蓋と言う意味で、器に蓋をした状態が吾だ。
      器には神への祈りの言葉を書いた「祝詞」を入れたそうだ。
      神への祈りを言葉にする存在が吾
4)「私」=禾篇は穀物を耕して穀物をつくる人、自分の田んぼに杭をさし明示する。
日本人は状況や働きによって同じ人間が呼び名を変えるのである。
変化するのが自分なんだ。
仏教では一人の人間の呼び名が変わることを十界という。
その中でも私たちのような凡夫は『六道輪廻』といって、
地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六つの道を、
ぐるぐる堂々巡りしてるのだそうだ。

悟りを開く人は、声聞、縁覚、菩薩、仏と順番に心境が大きく開いて変化すると諭す。
日本人は自在に変化するのが無意識に受け入れやすい。

仏教はもっとおくが深く面白いのは、この二つをのみこみ分別するなと解く。
「無分別知」で中道を行けというのだ。

人間の性質は自然からエネルギーをもらっている動物で寿命は人によって違うが、
水のようだと感じる。
黒田官兵衛如水が水五訓と表現してるのでご紹介する。

1)自ら活動して他を動かしむるは水なり
2)常に己の進路を求めて止まらざるは水なり
3)生涯に会い激しくその勢力を百倍し得るは水なり
4)自ら潔うして他の汚れを洗い清濁あわせ容るるは水なり
5)洋々として大洋を充たし発しては、蒸気となり雲となり雨となり雷と変じ霜と化し、
 凝っては玲瓏たる鏡となりえたるも、其の性を失わざるは水なり

洋の東西はあるが共に極めるところは相対、相補を超克した、
「今の事実」こそが現実だとわかってるのではないだろうか?
坐禅和讃に『いつか生死をはなるべき、夫れ摩訶衍の禅定は・・・・・・』とある。

みなさんは『私』『自分』究明されてますか?

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