自然価値説(広井良典先生)
マルクスの労働価値説はいわば労働と生産に対するものである。
経済を人間の営みの生産と消費にスポットを当てた狭い範囲の価値説だ。
だから、農業や漁業、林業の人たちが需給によって価格が変動し、
都会の人との賃金格差に苦しみ跡継ぎができなくなるのが現状だ。
人工の光栽培や水耕栽培などがあり、また天候に左右される米や麦っと言った農家も需給に泣く。
里山資本主義を思考する若者が田舎にUターンして果物を育て、
ジャムを作って地元やネットで自然の味を届ける活動もしてるが、
どんな人も成功するかは保証の限りではない。
広井良典先生の発想は面白い、自然資源は本来人類の共有財産だから、
それを使って利益を得ているものは、いわばその「使用料」を税として払うべきだというのである。
こうすることで、環境税として各国が今の税に上乗せする必要はないのである。
これは環境制約の顕在化と需要の成熟・飽和という背景があるから考えうると主張される。
自然を材料として使うに利用税を元のところで、
全世界の資源を扱う時に税をかけ自然を再生させるために使うのである。
キーワードは「ローカルーナショナルーグローバル」の三方のトライアングルが三方良しになる原理。
1 「共」的原理ー(互酬性)コミュニティー
2 「公」的原理ー再配分(政府の役割)
3 「私」的原理(交換)市場(世界的)
マルクスの生きた1850年代に書かれた背景の社会と、
20世紀初頭の工業化の発展する時の理論の根幹の発想が、
生産と消費と労働に着眼した狭い範囲の議論であることは否めない。
世界では経済の安定と平和の世界を創るのに、
中国のように一国二制度のところもある。
また、ヨーロッパの欧州連合は経済規模の対策としてユーロ圏を作ったが、
ギリシャ問題で苦しんでいる。
世界中で平和と安定生活を確保するための政治的、経済的な方法の実験を行っている。
正解はないのである。
現代資本主義は金融化、情報化がすすんでグローバルにはなった。
今後もますます収斂していくとしたら息苦しく人間が住めなくなるように感じる。
広井良典先生の発想は地方から出発し、
「共、公、私」の総合化(三方良し)のバランスになっていくのが、
ポスト資本主義だと位置づけられる。
将に、高度に発達した資本主義と需要が成熟し・飽和な状態の先進国は、
必然的に今までの延長線上を歩くわけにはいかなくなると察する。
今のあらゆる統計は現在の資本主義がこのまま続けばという前提の統計だ。
ドイツのニュルンベルグ郊外のエアランゲン、ここでは都市の中心部に自動車をすべて排除し、
歩行者だけの空間で緩やかなコミュニティーで人口は10万人で循環型の経済で、
商店が立ち並び、街のいたるところに坐ってゆっくり眺められる椅子がある。
経済的にスピードを上げるのではなく、人間らしくゆったりした生活がイメージだ。
ポスト資本主義はマネージメントの時代であり、
量が基準でなく質が基準になるといったのはドラッカーだ。
将に資本が中心の考えでなく、あくまで資本は道具で人間が中心の考えに賛成だ。
人間の暖かさ、ゆったりさ、その中にもやりがいのある町の規模と、
相互に助け合うコミュニティーの実現が急がれる。
これが本来の福祉国家ではなかろうか?
皆さんはポスト資本主義の価値観如何に考えられますか?