「自利利他と我利我利」について

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極楽の箸が三尺三寸箸なのはなぜでしょう。
私たちが日常で使う箸は20センチぐらいで、箸で魚や野菜をつかんで少し腕を折ってスムーズに口に入る長さだ。
少し長い目で30センチぐらいの箸は菜箸と言って、鍋料理などの料理箸として使う。
三尺三寸の箸を理解するには「地獄極楽の話」をしなければならない。

さて、三尺三寸は約1メートルなので、メートルで書くことにする。
人が1メートル離れて向かい合って一列に並んで座っている。
1メートル離れた向かいに人は並んで1メートルの箸をもって1メートル下に美味しそうなうどんがある。


地獄=我先に1メートルの箸で1メートル下のうどんを取って食べるのだが、箸が長すぎて口に届かず、入らないで周りにこぼれて散らばり食べれないでみんな痩せ細っている。


極楽=相手に先に1メートル下のうどんをとって向かいの人に与えます。向かいの人は「ありがとう」と言って、1メートル下のうどんをとって与えてくれた人に与えるので丸々太っている。


地獄は我先にという「我利我利」亡者と言いますね。
極楽は相手が先で利他して自分に利他される関係となる。
この時の「利」は狭い意味の利益することでなく、「幸せ」になるという広い意味で理解すると矛盾しません。

「自利利他」は与えて喜び、与えられて喜ぶから自利で利他なんですね。
利他の根底が利己だという解釈ではありません。
相対二元的に利己と利他を使い分けて生きる書生間の方法論と勘違いしている人もいる。

人間は一人では生きられない「絶対的独立存在」ではない。
「共生的関連性存在」これを仏教では「縁」と言っていますが、儒教では「仁」で助け合っている存在ということの自覚が自尊であり、「我利我利」という依頼心から信頼しあう関係の「自利利他」を創造して社会を創っているから秩序が生まれる。

仏教では人間の我利を「貪瞋痴(とんじんち)」の三毒と言ってます。
「貪」=欲しい欲しいの気持ちで、我先にと人押しのけてバーゲンで走る様はまさにその気持ちが支配している。
「瞋」=憎む、恨む、嫉妬する気持ちが出ると平気で傷つくことを言ったり、ひどい目に合わせる。恥をかかせる。
「痴」=愚痴ですね。自分が率先して行動しないで、周りの環境や人のせいにして批判し自己正当化する。

人間が生きるということはこの「三毒」を少しでも減らして浄化することが大事なんですね。
着物も純白の色彩が一番いいように、坊さんは「三毒」にまみれないように剃髪して自分を戒めるが、年齢を重ねて禿になったり白髪になるのは魂が少し浄化されてなるのではないでしょうか?
よく禿や白髪の人を「苦労されたんですね」というのはそんなことを意味するに違いない。

皆さんは「自利利他」で幸福をかみしめてられますか?

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