「こころ」の主人になるのは至難の業

投稿日:2017年9月15日 更新日:

心は外的刺激によって大きく影響を受け喜怒哀楽の表情を出す。
また内的な刺激により、何かを求める気持ち、嫌う気持ちが湧き上がっても
喜怒哀楽の表現をする。
感じたことを素直に表現していたら人間関係は壊れて破綻する。

だから、場を変えたり、時間をずらしたり、ただひたすら耐えたりして関係性を保とうとする。
自分の「心」だが、大変扱いにくいものであることは間違いない。

この「心」なる者を常に一定の状態に止めて置くことは至難の業である。
仏教では読経三昧や坐禅といった状況の中で「心」なる者があちこち動かないように躾ける。

一方、「心」なる者が「喜怒哀楽」の表情を見せるからこそ、現実がお花畑のような色彩と香りを放って実に多くのドラマが展開され生きることがたのしい。

まるで大自然が春夏秋冬の季節を運んでくれ、舞台装置を変化させてくれる
素晴しさと同じだ。
「心こそ 心惑わす心なり 心に心 許すまじき」
この句は気を許してると心に振り回されわけが解らなくなるという意味だ。

さて、仏教の言葉に「一水四見」という言葉がある。

人間は水だとおもい、餓鬼は炎と見る
天人はルリ(宝石)と見ます
魚は住処と見る。

同じものでも存在によって意味合いが違ってくる。

もう一歩進めれば人間関係に於いてもこの四見がでてくるのは、
その人の存在と同時に人との関係性から来る心の状態によって四見の表現となる。
それが喜怒哀楽だ。

自分の心の状態も四見、対峙する相手の心の状態も四見ができる。
だから人間関係を円滑にするには対立したり理解してもらえないと嘆くより、
理解してもらい伝えようとする現実的努力がいる。

皆さんは喜怒哀楽のドラマ、どんな脚本書かれてきましたか?
心に振り回され脚本は結果でしたか?

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