私たちは自分の五感を通じて、
特に現実を一点に絞って光を当て虫眼鏡でみている。
それも電子顕微鏡でミクロの世界を観察し、
ある法則性を見つけ出そうとする。
実は外の世界を分析して、
なにかに応用して生活に生かして科学が発展してきました。
でも現実からスタートする科学では解けないところまで来ているのが事実だ。
最近のベストセラーに「時間は存在しない」という物理学者の本が読まれている。
さて、私たちは現実を見るのにもう一つの道具を持っている。
それは、電熱器として現実をとらえる方法だ。
身体全体で体得する方法です。
自らは周りをあったかくする情熱で現実に飛び込む方法を言うのだ。
言い換えると人間を主体にするのでなく、事物を主体にする方法で感じ取る。
仏教的に言うと「色即是空」というのが「時間は存在しない」となるでしょう。
逆に「空即是色」は時間は早くなったり遅くなったり、
消えたりする現象は一つでないことを解き明かす。
チクタクの時間は人間が勝手に決めた時間ということになりますね。
光の速度は一秒で地球7周半だそうです。
もしその速度と同じ状態のものがあるとすると時間は止まって見えることになる。
光の速度に近いほどゆっくり感じるのが時間です。
そして恋すると時間は早く経つ。
いよいよこんがらがってきましたが、仏教では「物心一如」と表現しますが、
一般に矛盾して相対的に分けるものが一つのものだと諭すのだ。
これが現実であり本質だ。
だから分別知を嫌って、無分別知を獲得せよというのですね。
言い換えると「無心」になる「無我」になる事だ。
「無我夢中」になってるときの時間は早く感じませんか?
電熱器の自分とは利他行一番の自分になることですね。
稲盛さん流に言いますと「動機善私心なかりし」で仕事・人生に邁進する。
誰にも負けない努力をすることが思いを遂げる唯一のスタンスというのである。
皆さんは電熱器の自分を意識していますか?