宮本武蔵に学ぶ

投稿日:2016年11月16日 更新日:

武蔵は1582年(天正10年)か1584年に生まれ、
1645年5月19日に62歳の生涯を閉じたといわれている。

29歳までに60あまりの戦いをして一度も負けなかったと伝えられているが、
30歳から48歳ぐらいの消息が定かではない。
50歳ごろになって有名な「五輪書」を書き始めたが、
最後までは書けずこの世を去った。
1638年の島原の乱に武蔵(56歳)は出陣していると記録がある。

1710年に書かれた「葉隠」山本定朝の時代とは死生観が違う。
葉隠れは「武士道とは死ぬ事と見つけたり」であったが、
武蔵の「五輪書」は死ぬのはいとはないが勝ってこそ生き延びれるという実践論だ。

そのためには千日の稽古を鍛と言い、万日の稽古を錬といい、
死ぬまで自分を鍛え脱皮する事だと自ら身体を鍛えた。

また、水の巻では「観」と「見」と言って、
具体的な動きも見るが、動きの全体像や先を読むことを重要視する。

それは相手に振り回されないように飲み込む観察力を養うことが身を守ることだと考え、
徹底的に勝負に勝つことが生き残るという実践哲学だ。

武蔵が死ぬ直前に書いたのが「独行動」だ。
実に自分に厳しく生きたか感じれる文章なので紹介する。

「人道にそむく事はない
自分のために娯楽を企てない
万事に私利はない
自分のことを浅く、世間のことを深く考える
自分がやってきた事に後悔しない
良くも悪くも他人を妬む気持ちはない
どのような状況にあっても別れを悲しむことはない
自他ともに恨み愚痴を言う気持ちはない
色恋の道を考える事はない
物事で各別を好む事はない
自宅についてあれこれ望むものはない
身一つのことに、美食を好まない
お宝は所持しない
日が悪いとか方向が悪いということはない
仕事の道具は別にして、他の道具に好みは無い
道を貫くためには死をいとわない
財宝や所領には関心が無い
神仏は頼らない
命は捨てても名誉は捨てない
常に兵法の道を離れない

歴史に名を残す人物に共通してるのは「私心」を小さく小さくして志が高いことだ。
誰にも負けない努力で仕事に励む中で「私心」が小さくなり、
利他行ができると断言されるのは京セラ創業者の稲盛和夫さんだ。

皆さんは武蔵の生き様どのように感じられますか?

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