論語に学ぶ(李氏第十六)

投稿日:2016年10月6日 更新日:

「孔子曰く、君子に三畏(さんい)有り、
天命を畏れ、大人を恐れ、聖人の言を畏れる。
小人は天命を知らずして畏れず、大人に狎(な)れ、
聖人の言を侮(あなど)る。

「孔子曰く、生まれながらにしてこれを知るものは上なり、
学びてこれをしるものは次なり。
困(くるし)みて之を学ぶものは、またその次なり。
困(くるし)みて学ばざるるは、民之を下と成す。」

聖人とは生まれながらに良識(良心)をモノサシに言動する人だ。
賢人とは学びを深くして、常識を超える良識をモノサシとする努力して言動する人だ。
君子はリーダーシップを取る人で、聖人や賢人に学び、徳治政治をする人のことだ。
小人とは一般人のことだ。(私も含めた迷い悩む不安や恐怖心を持つ凡人)

意味=君子は三を畏れ敬う。
天の使命である良識に生きることを実行することを敬い、実行できない事を畏れる。
大人という良識をモノサシに言動できる人を敬い、その人を畏れ一歩下がる。
聖人の言葉を敬い、金言として畏れを持つ。

ところが小人は良識に生きること天命を知らず、大人に馴れ馴れしくして、
聖人の立派な金言を侮って真似て実行しようともしないのである。

孔子は非常に厳しく成長する人と、
自己肯定して己を甘やかす人間像を描いて具体的に説明する。
さらに、孔子は人間には天命の道理に気づき使命を果たす人果たさない人を四段階で説明する。

1.生知・・・・・・生まれながらに良識を備えていて言動のできるもの(之上なりと言ってる)
2.学知・・・・・・学んで天命は良識の言動だと理解して努力するもの(之を知るものは次なり)二番目だ。
3.困学・・・・・・良識を持って言動するのが苦しくなり欲望につき動かされる心とせめぎあ苦しむ。三番目だ。
4.困不学・・・・・・苦しいからと言って学ばないものは民(人間)として下(最低)とみなす。と断言してる。

私も若いころは4番目に人間だったと思う。
親や先生の言う事は「当たり前」過ぎて面白くないと面白さや遊興に現を抜かし、
利欲(自分さえ面白かったら)にのめり込み軟弱で意志薄弱であったし、
両親も念を押すように「甘えた」「意志薄弱」と叱られていた。
私も反論し、「そんな子を育てたのは親の責任」とうそぶいて、
身体に染み付いた本能心(欲)が顔出し、
仏教で言う三毒(怠け心、自分だけよかったらという欲張り心、思うようにならないとい怒り、憎しみ心)にどっぷり本能に洗脳されていた。

結婚し、家族を持ち会社で仲間と働くようになって、
自分ひとりではない、周りの人の助けのお陰で自分お仕事もできてるんだなと言う自覚が生まれてきた。
そうすると、自然と愚かな自分を顧みて学ぶようになった。
人心=欲望に突き動かされる心
道心=道を重んじる心

天道を生きるということの意味が理解できるようになってきた。
決して私は聖人君子ではありませんし、そんな立派な事はできません。
しかし、先人の教えに学び、少しでも道を生きるように進化することは楽しい事だと気づいた。
その教えとは「忠孝を尽くす」「恩を忘れず返す」「家業に精を出す」。
このことを一日中やっていたら、結果として遊興が生活の中心でなくなり、
学ぶ事、働くことの中で役に立ってる実感を味わい楽しくなるのだ。

自分を仕事に縛る事ではありません、自ら仕事を楽しむ事だ。
いい換えると、人心を超えて道心に生きることで自分が幸福になるに違いない。

皆さんは人心と道心の二つを作り悩んでいませんか?

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