「人間の存在」について

投稿日:2021年6月14日 更新日:

人間は肉体という現実的に有限な物質と、思考する精神を軸に動く心の二つを持つ矛盾した存在だ。
弁証法では「原因=対立物の相互浸透」、「プロセス=量質変化の法則」、「結果=否定の否定の法則(二重否定)」とこのように俯瞰して思考を説明する。
現代の科学はこの原理に従って法則性を見つける唯物弁証法である。
私は神に代わって理性がすべて正しいと考えているのではなく、この矛盾は発展成長の原理だと考えます。

二宮尊徳が「道徳なき経済は罪悪、経済なき道徳はたわごと」と言っているように、経済的発展は同時に道徳的な発展をすると互いが相補的に働くのである。
「競争と協調」も同じだ。
「競争なき協調は仲良しクラブ、協調なき競争は殴り合い」
「厳しさと寛容」
「厳しさのない寛容は依頼心を生む、寛容のない厳しさは孤立心を生む」
「利己と利他」
「利己心のない利他心は偽善者、利他心のない利己心はエゴイスト」
成長には目的や志がいる。
最初は自分の利益のみ考えたとしても、志も成長し公益に寄与する高邁(こうまい)な志へと進化するのが必然だ。

唯物弁証法では人間をモノ化するが、しかし人間には心というものがある。
言い換えれば「思い」→「信念」→「執念」と進化する。
「唯心弁証法」と名付ける。
唯心弁証法では「原因=自他不二、物心一如」という表現のように相補的で一体と捉える。
「プロセス」=質量変化の法則、思いが高く強いほどより良い現実を生み出す。
「結果」=否定の否定の法則、人格気高く、気品のある人物となり無から有を生み出す。

人間は矛盾した存在で、なお不完全な存在だからこそ、このハイブリッドな弁証法を学び実践することが肝要だ。

皆さんは人間の存在如何考えますか?

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