「土俵の真ん中で相撲をとる」

投稿日:2021年6月23日 更新日:

データサイエンスと言って、色んなデータから未来を読み解くことで、的確に未来を見通せるという科学的方法がある。
データは過去のものであることを念頭に置かないと推理が確実にはいかない。
しかし、だいたいの方向やおおよその数量的なことは予測可能だ。
人間は100メートルを5秒では走れないし、機械(道具)は時代の性能に応じて仕事量は予測できる。

工業化社会では大変性能の良い機械が開発されてきたことは間違いない。
まるで人間がそこにいるかのような仕事がロボットで出来る。
肉体労働から解放された人間労働はさらにIT技術の発展で記憶や思考からも解放され、スマホがなければ生活や仕事ができないぐらいにSNSは進化して、人間は無能化されているとも言える。

そして、リアルな果物店や魚屋さん、洋服屋さんなどの小売店での買い物はなくなり、全てAmazonなどのネットでの購入になる。
ネット通販が時代の主流となり、買い物のために行動することも、自分で荷物の重さを感じることもなくなる。

そんな社会の変化に適応するように自分を変革するとともに、最も大事なことは「土俵の真ん中で相撲をとる」仕事のやり方、自分で体験する肌感覚を持つことだ。
「人間は怠けもので、欲張りで、愚か」という表現があるように、仕事を土俵際に押し込まれて、慌てて馬鹿力を発揮して、打っ遣り(うっちゃり)で勝とうとする仕事ぶりの人が多い。
土俵の真ん中を土俵際と考えて、最初から全力を振り絞らない。
予算や納期、資金繰りなどの役割を余裕のある段階から危機感をもって着実に安全に進める仕事を心がけることが「土俵の真ん中で相撲を取る」ということだ。

このような話をしていると高校時代の中間テストを思い出す。まず試験日は決まっているので10日ぐらい前から計画書を書いて、今までやったこともないのに毎日学校帰ってから5時間も勉強するというような予定表ができる。
この段階で「安心」の気持ちができる。そこで、毎日自分を裏切る行動をして、何か理由を付けて自己正当化する。もちろん勉強もせず記憶もしていないのだから成績は良くないのが当然。
毎日コツコツ積み上げて身体に染み込ませていないのだから、勉強ということ以前の問題だ。

「習慣は第2の天性」という。
毎日コツコツと学ぶ練習を積み重ねると、自然と人の話を真剣に聞く、時間が空いたら新聞を読む、テレビを見たらメモを取る、新聞は切り抜きをすることなどができるようになる。
すると学ぶことが楽しみになり、新しいことを知ることが喜びになる。
高校時代はあんなに退屈に思っていた授業だったが、学ぶことを日常に生かす演繹(えんえき)ができるようになる。

14~5年前にWordで自分が感じたことや未来に対する思いを書いていた。
ある時WEB担当からブログ書かれたらどうかと言われて、堅苦しく、面倒くさい文章は誰も読まないと思いつつも書き始めた。
文章をまとめる事と新しい情報を収集しないと書けないことに気づき、自然と注意深く世の中を見たり、人間観察したりしていた。
「必要は発明の母」と言われるように、必要性を持つことが動機になる。
みんな必要でないからやらない。頭の良し悪しはないと感じる。
自分にとって何が生きる上で必要かという思いがあれば誰でも習慣化する。

データも大事だが自分で自分を磨くには「土俵の真ん中で相撲とる」と言うように余裕のある時にこそ、危機感を感じることが大切だ。
切羽詰まって行動すると大抵はうまく行かないのが事実だ。

皆さんは「土俵の真ん中で相撲とる」実行されていますか?

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