「文化は戦略に勝る (Culture eats strategy for breakfast)」と言ったのはピーター・ドラッカーだ。
戦後、リアル社会では機械工場で製品をたくさん作っているところに投資することだった。
技術の進歩と機械工場の進化が生産力を上げ利益は出た。資本を持つ者が支配的だった。
昭和40年代はよく「金融独占の時代」と叫ばれたが、政府が中央銀行を中心に金融政策をしていたため銀行が力を持っていたからである。
昭和50年代に入ると、交通網の整備も進み車社会が到来すると、大型のスーパーが台頭して流通資本が台頭するような時代となった。
阪神淡路大震災の起きた平成7年にはハイテク革命のITの時代となってMicrosoft Windows 95が発売され、一気にパソコンが普及する。
そしてネット上にバーチャル店舗が出来て通販が盛んになり、リアル社会の果物屋や魚屋、婦人服屋といった小売店が姿を消していった。
もちろん、それを加速させたのは十数年前のスマートフォンの出現、そして約6年前からは無料アプリの出現が消費行動を大幅に喧嘩させた。
そのことによって消費の二極化が進み、一方では生産拠点の中国依存が高まったのが現実だ。
政府もDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するために約2兆円の事業再構築補助金を出している。
リアル社会の縦型からデジタル社会の横型の社会構造に変化していく中で、今話題の大谷翔平君のような二刀流の働き方が余儀なくされ、企業もハイブリットな発信力を要求される。
どんな人も手軽にスマホからLINEなどのアプリで無料電話ができ、インターネットに接続すれば通販はもちろん、旅館や病院、切符などの購入も手軽に出来るようになり、大幅に移動することが削減されたのである。
情報化資本主義は今後どう発展するか考えてみれば、ますます情報の量と質が求められることは必定だ。
それを判断する能力が要求される時代となったが、あまりにもスピードが速くなるためゼネラリストを育成することができず、あらゆるジャンルでスペシャリスト化する時代へ突入し、フラットな異業種専門家が企業運営する時代となる。
ブロックチェーンのように!!
勿論、監督は居なくなるが、メンタルケアアドバイザーとボディケアアドバイザーという専門家がジャッジするでしょう。
IQ(知能指数)とEQ(こころの知能指数)とJQ(ジャッジメントクオリティー)などの判断指数を持った組織になり、個人になるでしょう。
個々人がビジョンやミッションを共感する文化を中心として資本主義が発展進化する方向へ進むに違いないと感じる。
人間が動物の時は身体を維持する食を共有する狩猟集団だったが、進化を重ねると精神的な文化を共感する集団へと進化するだろう。
皆さんは文化資本主義いかが思われますか?