「当下一念」

投稿日:2021年6月25日 更新日:

コロナ禍で観光や飲食をはじめ経済は大きく打撃を受けマイナス成長だ。
その中で生活のため懸命に生きようといろんな策を講じておられることと察します。

江戸時代の初期の陽明学者の中江藤樹の言葉に、
「悔やむなよ ありし昔は 是非もなし ひたすら正せ 当下一念」
意味=自分に与えられた場を正しく受け止め、最後まで全力を尽くすこと。
   過ぎ去った昔のことや、未来の不安に心を捉われず、
   今に集中することで、新たな道が必ず拓ける。

また、岡本太郎も同じようなことを言っています。
「人生は積み重ねだと誰もが思っているようだ。
 僕は逆に、積み減らすべきだと思う。
 財産も知識も蓄えれば蓄えるほどかえって人間は自在さを失ってしまう。
 人生に挑み、本当に生きるには瞬間瞬間に新しく生まれ変わって運命を開くのだ。
 それは身心とも無一物で、無条件でなければならない。」

さらに、稲盛和夫さんは人生の目的は「魂を磨くこと」で、少しでも生まれた時より心を高めることが大切と断言される。
生きている間は欲に迷い、惑うのが人間の性で、人間の遺伝子は利己心である。
もちろん、生きている限りは衣食はいるし、お金もいる。立身出世は生きるエネルギーにもなる。だから、一概に欲を否定できない。
しかし、人間の欲望を手段とするならいいのですが、手段が目的化すると守銭奴にもなるし、快楽に溺れ人生を台無しにすることもある。

禅では仏法とは「己事究明」と言って、
自己の身心の働きを解明することだという。
こんな詩がある。
「仏道は自己なり」
仏道は自己なり
自己は自己無きなり
無自己は宇宙なり
宇宙は求むることなきなり

また、道元の『正法眼蔵』の「現成公案」に
「自己をはこびて万法を修証するを迷いとす
万法進みて自己を修証するはさとりなり」
という言葉もある。

私たち凡人は悟ることが目的でなく、仕事に徹して生きているだろうかと疑問だ。
手放さず「求めすぎ」ていないだろうか。
求めてもいいが、捨てて新しい自己と出会ってこそ自由で自在に生きられる。
コロナ禍を地獄とみるか極楽とみるかは自分次第だ。

皆さんは当下一念に徹しておられますか?

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