文明の時代から文化優先の時代へ

投稿日:2016年9月17日 更新日:

近代化は三つのプロセスを歩む事が正しいと考えてきた。

1.合理的科学的思考(技術論) →魔術や迷信から開放された。
2.工業化(機械化による工場大量生産の実現)→貧困からの開放
3.民主化(国民主権へ)→政治的社会的抑圧からの解放

しかし、素晴らしい成果を得た反面、マイナス面も三つある。
1.自然破壊
2.地域共同体の破壊
3.精神文化の破壊(紙の使用量に比例して文化退廃)

今後どう対応するかの提案が三つある。

1.非合理的な直観、イメージする創造力、見えない世界の心を高める思考。
(演繹力を鍛える。空即是色から現実の色即是空へ)
2.、意味ある商品化、サービス化
(モノから意味を引き出すのでなく意味がありモノ、サービスが生まれる。)
3.共生と自分のハイブリッド化(奪い合いの競争から与え合いの競争への価値観の転換)

成熟飽和経済とは生産設備が消費を上回ることを言って、
日本は1970半ばにはすでに社会はそうなっていたがそれでも成長したいと考え、
輸出立国を選び世界からエコノミックアニマルと呼ばれ1980年代はジャパンイズナンバーワンと上機嫌。
アメリカは1960年代初頭には成熟していて、軍需産業化で成長路線を走った。
ドイツは1960年代の終わりに労働時間削減し生活エンジョイ型の成長路線を選んだのである。

薬師寺の故高田好胤管主はよく「モノが豊かで心が滅ぶ」と口癖のように言っておられたのを懐かしく思う。
現実の世の中はまだ成長路線の価値観で文明を成長させる論理で拡がを「正しい」と考えている。
先進国は移民を受け入れない限り人口は伸びないために現代のイスラム国の台頭を余儀なくしてきた。
最近のヨーロッパではテロが起こり貧困層が増え治安が悪くなる。

日本は移民を積極的に受け入れないので、
少子高齢化が進んで人口が減るし子供は産まない。
この逆ピラミッドの人口構造で経済をインフレにし拡大再生産を実現しようと言うのは論理的に無理がある。

言い換えると縮小再生産を実現する価値観をに以降する政策がいる。
それはモノとサービスと言う眼に見えるモノの再生産でなく、
心の拡大再生産を習熟に於いた政策立案だ。

簡単に言うと自分のライフスタイルの意味や価値を高め、
自らは少欲知足で足るを知り、外に向かっては利他行でお役に立つ行動で満足を得る。
自らの心を高める事に喜びと生きがいを持つ価値観だ。

資本主義がお金を中心としたものの拡大再生産だが、お金が神様から、生産する人間の生きがいや満足感や幸福感といった人間が一番の価値観、心の拡大再生産と言うベクトルを共有する社会が人本主義社会だと考えてる。

若者の閉塞感はこんな時代背景の中で生み出された社会がまじめだが暗い若者を生み出したに違いない。
家は借りればいい、シェアすればいいということになり、
車もレンタカーで必要なときだけで所有はしない。
モノに価値を置いても拡大するイメージが出ないから希望がないとうつむき加減だ。

だからと言って、聖人君子のような生き方を強要する事はできない。
自分が自分らしく生きたいのなら、文化を一番にするライフスタイルを考え、
その後どんなモノがいるかと文明から選び取る事だ。
情報化社会の次の社会は人本主義社会で文化を一番に考える社会が来るだろう。

もし今の延長線上の成長思考から離れられなければ日本は経済的に崩壊するしかないと察する。(ギリシャのようになるだろう)
幕末の西洋列強に脅かされ植民地化されず明治を新しくを創ったように、
今こそ知恵を出し合い、共に末来の新しい社会を創造するチャンスがきていることは間違いない。

皆さんは文化優先論如何思われますか?

大阪石材社長ブログ

2021/04/11

「楽天知命、故不憂」に思う

「楽天知命、故不憂」は『易経』の中にある一文だ。意味=天を楽しみ命を知る。故に憂いなし。『辞海』という辞書によると天と命 ...

大阪石材社長ブログ

2021/04/09

「知識労働者」こそ付加価値を産む

1969年の「断絶の時代」という著書の中でドラッカーは情報化社会の働き方が大きく変わることを予言していた。日本は1970 ...

大阪石材社長ブログ

2021/04/05

「母親の口癖」に思う

昭和20年代後半の私が幼稚園に行くまでは、少し悪いことをすると母親は「お父さんに言うよ」と言ったものだ。戦争帰りの親父は ...

大阪石材社長ブログ

2021/04/03

「中道」に思う

「八不中道(はっぷちゅうどう)」という言葉が竜樹(りゅうじゅ)の「中論」にある。また「三論」にも書かれている。「中論」の ...

大阪石材社長ブログ

2021/03/30

「寺子屋経営」の時代が来た

戦後の日本経済を振り返ってみると、昭和30年代後半頃から中学卒業と同時に集団就職で上京した「金の卵」と言われた若者たちは ...

-生き方
-