憤する

投稿日:2014年11月11日 更新日:

経営会議で役員が福沢諭吉を学び発表があった。
名前は誰もが知っているが詳しくしらない。

有名な言葉に「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずといえり・・・・・・
無学なる者は貧人となり下人となるなり」

彼の著書「学問のすすめ」の冒頭に出てくる。

この意味について「人間は平等だ」と結果の平等と考える人がおおいと思うが、
諭吉翁は「人は平等に生まれてくる」といってるのであり万人が平等と入っていないのである。
「学問をするか田舎の違いによって、尊卑、賢愚、貧富等の有様が変わる」といっているのである。

さらに、学問は人間の普通日常に薬役に立つ実学でなければならないこともいってる。
最近のテレビでよくある漢字読みクイズ番組の記憶知識であってはならないと断言する。

当時彼は原書でガリレイやニュートン、アインシュタインなどの物理学を学んだのである。

さて、彼が学ぶきっかけになったのは「憤」だ。
1.12~3歳の頃、種々の迷信や神仏に疑問を持ったこと。
2.父が苦しんだ封建社会の門閥制度の自由のなさにいきどうりを感じていたこと。
そこで、翁はこの中津藩(現大分県の)を出る決心をしていた。

まさの「憤」である。
論語、述而第七に「葉公孔子を子路に問う。子路對えず。
子曰く、汝なんぞ曰わざる、其の人と為りや、
憤を発しては食を忘れ、楽しんでは以って憂いを忘れ、
老いの将に至らんとするを知らざるのみと。」

意味ー楚の葉県の長官、葉公が孔子はどんな人柄だと聞かれたが、子路は答えることができなかった。
そこで孔子はお前はどうしてこのように言わなかったのか、「道を求めて得られないときには
自分に対して憤りを起こして食事を忘れ、道を会得しては楽しんで心配事も忘れ、
そこまで甥が迫ってるのが気づかない人だ」とね。

でも講師も最初から道を知ったわけでなく古聖の教えを学んで道を求めたんだと謙虚に言ってる。

もちろん福沢諭吉も「論語」を学んでいたはずだ。
将に孔子に習ったに違いない。
今からでも遅くない。
実際に役立つ学び実学を楽しみたい。
諭吉翁は自由を求めるには独立自尊の自己責任の精神がいるといっている。

皆さんは何に憤り感じてますか? 

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