洋の東西を問わず、感性を座標塾に考える人がいる。
先日紹介した東洋の代表は芳村思風先生だ。
西洋ではダニエル・ピンクがいる。
現実の先進国では貧困から解放され、
「生きがい」を追及することに重きを置かれる時代であると断言する。
そのキーワードは、
工業化社会のコンセプト | 情報化からヒューマン社会のコンセプトへ |
1.議論 | 1.物語 |
2.機能 | 2.デザイン |
3.個別 | 3.全体の調和 |
4.論理 | 4.共感 |
5.まじめ | 5.遊び心 |
6.モノ | 6.生きがい |
現代はブルーカラーの肉体労働がロボットに職を奪われ、
ホワイトカラーという知識労働はアウトソーシングで知識の請負労働になっている。
世界で安い賃金のところに事務的能力はコンピュターで処理されるようになった。
IT社会は情報を事務的に処理する能力から、
情報をマネージメントする能力を要求する社会だ。
昔は働く意味は第一は物質的利益であった。
」しかし、これからは仕事の結果を楽しむことに取って代わり、
「物欲」と「生きがい」が逆転する「生きがい」の時代だ。
生きがいは自らの精神が作り出すものだ。
精神性とは「人生に目的と意義を見出したいと願う基本的欲求」と定義される。
この精神性は今日より明日と向上しようとする力だ。
生きがいとはこの精神性を獲得することだ。
しかし日本ではこの基本的な概念がわからず、
生きがい探しに疲れた人たちがうつ病患者となるのも現実だ。
生と死が表裏一体であることを痛感せざるを得ない。
遠く二千五百年前の御釈迦さんは「おもい道理にならない」ことを自覚した第一人者だ。
「一切皆苦」とおもうこと。
そして現実を素直に受け入れ「知恵」を出して打開せよとおっしゃった。
すべては変化のさなかにあり、「無常」であると解き、
すべてに人間的なちっぽけな価値は無い「無我」と解かれた。
そのことを理解すれば、心はいつも安らかである。
ただそれだけである。
生きがいは自分の心が決めるもので外には無いですね。
皆さんは生きがい何に見出してますか?