大欲は無欲に似たり。(体験から学ぶ知恵が要る)

投稿日:2014年7月11日 更新日:

仏教の言葉の「大欲」は自分の損得や好き嫌い、善悪の論議でなく、
地球にとって、あるいは他人や自然に撮って良いか悪いか、
何が損で何が得かを考える大きな欲のことを意味する。
大変スケールの大きく自己を離れた観点での考えであり、行動である。

要するに、個人的な欲望を実現しようとしていないから「無欲」に似たりというのだ。
こんなこと考えるのは、よほどの金持ちで生活に困らないボンボンか、
現実の生活に無頓着な夢想家であるのが一般的だ。

普通のわれわれはまず、
自分の生活を安定させるためにはたらき、
理想としては、そのようにあれば良いなと思うけれども、
その夢に向かって日常の行動をすることは二次的、三次的になり主体的に実行しない。

さて、福沢諭吉は「天は人の上に人をつくらず」と生まれたらみんな平等だといってる。
でも、生まれた家によって格差があるのは事実だ。
若いころは自分がうまくいかなかったら家庭環境のせいにして親を困らせたものだ。

年を重ねて同窓会などに出ると、家庭環境が良くても没落する人もいるし、
家庭環境が貧しくても立身出世して実にたくましく生きてる人もいる。

ではどこが違うかである。

結論的に「学び」である。

しかし、学びには二つある。
座学と体験学である。
座学は先人の本から学んだり講演など耳学問する学び方だが、言葉に表現できる知識だ。
これだけではどうにもならない牛のお尻(もうのしり)

究極は体験だ。
これは言葉に表現できない知恵のことだ。

御釈迦さんがなくなられる時に、
弟子たちは悲しみ「今後どうしたらいいか?」問うた。
御釈迦さんは即座に「自灯明」「法灯明」と答えられた。
自灯明=自分を頼りにしろ
法灯明=法(宇宙の法則)に従え。
人間の小ざかしい価値観に惑わされるな!
そのためには、
「知恵」=現実から逃げないで必死で挑戦し解決策を考え行動する体験的な言葉に表現できない知恵を学ぶ。
知恵がキーワードです。テストに合格する記憶の知識ではありません。
(知識も知恵絞るときの道具としてはいる)

佐藤一斉の言志晩録60条

「少(わかく)にして学べば 即ち壮にして成すことあり
 壮にして学べば 即ち老いて衰えず
 老いて学べば  即ち死して朽ちず」

こんな言葉があるように生まれてからの学びが、
個人の人格を作るし現実的な格差もできる。
クラーク博士の言葉にも「少年よ!大志を抱け」と学ぶことには大きな欲=大欲が入りそうだ。

皆さんの大欲は自分のこと以外にどんなスケールのものお持ちですか?

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