一意専心を考える

投稿日:2014年2月4日 更新日:

この言葉がテーマでみんなで話し合う会をやった。
実は『致知』という雑誌に書かれた文章がある。

私が浮んだのはコツコツ一つのことに専念し完成するまで諦めない不屈な姿勢と思ったが、
逆に『他意放心』となって行動しない反対語でなく、
『他意学習』と耳を傾け他人の意見を善く聞くことだと感じた。

「真面目」の反対は『不真面目』でなく、『まとも』で的を射る行動をすることだ。
物事を成就するには、コツコツとした生真面目さはいる。
しかし、不必要なことまでやるのは必要ない。

幼いころ母には『嘘をつくな、正直に話せ』『隠し事するな』と良く躾けられた。
そこで今日逢ったことは何でもは葉に話していた。もちろんあったこと何でも話した。
その調子で友人にも自分の心で感じたことは何でもあけっぴろげに話していた。

すると母は『馬鹿正直は馬鹿のうち』と叱るのである。
全くどうしていいか訳がわからなくなる。

物事を一意専心して成就するには中国古典の『中庸』に、
『至誠は息(や)むことなし、息まざれば即ち久し。久しければ即ち徴〔しるし〕あり』

至誠とは本気である。茶気〔遊び心〕でない。
うちから湧き出て止まることのない。
休まずずっと続ける。
すると徴(しるし)、兆候が見えるという意味だ。
それまで見えなかったものが見えてくる。

松下幸之助さんが何か大事を為そうとする時には、
『一万回祈りをささげることや』とおっしゃるそうや。

願いをかなえるのに10回ぐらいは祈るが、
一万回はできない。
一万回は自らの欲が浄化され『世のため人の為になるか』を確信する回数に違いない。
欲が浄化されると『思い』『願い』の達成する方法がきっと見えてくるのだろう。

誠を尽くすことを実行する以外ない。

みなさんはどう思いますか?

no image

2020/10/20

「社会変革」と「自己変革」について

いまや科学は宇宙へ行ける能力を持つにいたって、宇宙の空間で宇宙のステーションを創り人間が生活している。 マルクスは何のた ...

no image

2020/10/20

「坐禅をして仏になる?」

坐禅をして悟りを得ようと馬祖道一は修行に励んでいたところ、南嶽懐譲禅師(六祖慧能大観の弟子)が、ある日瓦をごしごしと磨き ...

no image

2020/10/19

「製品中心の時代から人間中心の時代へ」

ブロックチェーンによる仮想通貨が考えられるようになったのはネットが普及して、 誰もがどこでもいつでも情報の受発信ができる ...

no image

2020/10/17

「六祖慧能の話」

達磨から数えて六代目が慧能大観だ。 広東省に生まれた慧能は母一人子一人で、薪を売ってつましい暮らしをしていた。 ある時に ...

no image

2020/10/10

「不老不死」を求めるのは生の現実肯定

中国の道教は仙人思想で「不老不死」を求めた。 生を長く保ち続けるために不老長寿の薬を求めたと歴史に書かれている。 キリス ...

-生き方
-