11月5日のオーストラリアのシドニー・モーニング・ヘラルドの電子版の記事に、
『仏教徒の億万長者ナンバーワンのビジネスルールは社員を幸せにすること』と言う見出しが書かれている。
欧米の株主優先のビジネスルールが間違っているという論調だ。
私も以前から欧米型のマニュアルやルールで、
人間を奴隷のように使う経営手法は肌に合わなかった。
実際どうすれば人間を大事にする経営ができるかが課題でもあったが、
この記事を読んで勇気付けられた。
稲盛さんのお母さんは大変信仰心の厚い方だった。
あるとき『喧嘩をして負けて帰ってきた稲盛少年に、どっちが正しいのか』と問われたそうだ。
即座に稲盛少年は「僕が正しい」といったら、
『正しいなら』もう一度行ってきなさいと追い出されたそうだ。
『人間として正しいことを正しいままで貫く』と言う愚直さができたとおっしゃられる。
さらに、お母さんは、
『一人でいるときにも、神様、仏様が見てると考えて行動しなさい』とも諭された。
「何が正しいか」というのは良心に照らすということと、誠実に行動することだ。
誰でもわかってる当たり前のことである。
ところが人間の遺伝子は利己心にできてるので、
時々、怠けたり、自分勝手に考え不誠実な行動をしてしまうのである。
人間は神様や、仏さんのように完全にできてるわけでなく不完全である故に、
「魔がさす」のである
『魔』とは利己心、無意識の本能と言ってもいい。
人間である以上、是はなくならないが、
自分も含め他を良くしようと志を持つことにより自然と小さくなる。
一度実行できたら永続的にできるわけではない。
『魔』は一晩寝れば再生するから毎朝注意喚起する必要がある。
論語に『明日に道を聞かば夕べに死すともかなり』と言う言葉もある。
孔子先生もまた、日々の反省とすべてに感謝する事から、
自分のやるべき道を自問自答されたのであろう。
働くことは志をたて、心を利他心へ運んで行くプロセスである。
その訓練の場が仕事だ。
皆さんはどんな志持っておられますか?