自然創造と自然服従のハイブリッドな人間力を学ぶ文化開花の時代

投稿日:2013年9月25日 更新日:

世界では自然が過酷で貧困にあえいでいる民族がいる。
私達は貧困から物質の豊かな国にサポートすることが進化、発展と考えてる。

大自然の過酷さから心身を守るため、
道具を作り雨露をしのぐ家を造り、衣服を作り、
食物も災害や飢饉で取れない時があるので保存方法を編み出した。

近代社会になって、人間は大自然に逆らって自分の心身を守るために、
自然から法則を学び技術を生み出し、
新しいものを作り出す創造的な生き方をしてきた。

逆に自然服従と言うのは自然に支配され奴隷になる印象があるが違う。
元々、暑い寒いは私達が生きてる地球の道理であるから、
その道理に従って生活する。少しは自然を変えるが再生不可能な技術を使わない。
(原子力のような)

大自然の道理に従うと、別の自由が見えてくる。
東南アジアのストリートチルドレンは、
廃屋や道路の橋脚の下で肩を寄せ合い暮らしている。

ところが彼らは「奪い合わない」で「与え合う」のだ。
それが少しでもみんなが生きていく道だと知ってるからだ。

孔子は「衣食足りて礼節を知る」といったが、現実は逆だ。

仏教の言葉で「衣食のなかに道心なし 道心の中に衣食有り」と言うのは、
私達が生きるのに衣食を追っかけて生きることで、
人に思いやりや親切ができない。
逆に貧しい中で片寄せあって一緒に生きる中に、
「道心」=自然の摂理にあるような優しさや思いやりがでてくると教えてる。

いろいろ矛盾はあるのが現実だ。
私達は自然に逆らい人間本意の利己心と、
自然に服従する自然本位の利他心の生き方をゆれているのが本心だ。

私はこの二つがバランスよくいかせるには、
人間の潜在意識の奥にある「良心」を引き出す人間力の学びがいると察する。

元来、種の保存本能があり、自分本位に考えるのが人間だ。

生物として当たり前の仕組みが組み込まれているが、
この地球が恐竜時代のように大きくなりすぎたか、
地球の異変かわからないが、絶滅せず地球が長く続くことを祈るなら、
現代を生きる人間が生まれたときより少しは人間の「良心」を学び、
「人間力」を磨かなければならない。

明治が西洋の才能を学び技術力をつけた文明開化なら、
平成は日本発信の東洋の徳を学び人間力をつけた文化開花の時代ではないだろうか?

皆さんはいかが考えられますか?

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