自然が親(第一義 の先生)

投稿日:2013年9月21日 更新日:

松下幸之助さんは
「自然の摂理に従うならば、やること為すことすべて上手く行く」
こう語られている。
京セラ会長の稲盛和夫さんも
「宇宙の法則」に従い「動機善私心なかりし」
と語られている。

経営の達人と言われる両氏が異口同音に「見えない世界」、
言い換えると自然の法則に則り、物事の対処方法を自ら智慧を絞って創造し行動する。

それには自分の心のあり方(考えも含め)と存在、行動のあり方の二つの条件がある。

1、自分の心のあり方だ。
○松下さんは
「素直な心」=事実を是認もせず否定もしない容認する(100%受け入れる)から
         物事に潜む本質が見えるといわれる。
         (冷静な判断×熱き情熱+体験=経営)
○稲盛さんは
「私心なかりし」=自分の損得、好き嫌いの利己心で事実を見ない。
           五感から来る顕在意識(利己心)の奥にある
           潜在意識(無意識=利他心)に手を突っ込んで見る。
            (考え方×熱意×能力=人生仕事の成果)

2、自分の存在と行動のベクトルのあり方
○松下さんは
文化的な生活をするために水が蛇口から流れるように家電をつくる。(水道哲学)

○稲盛さんは
「動機善私心なかりし」で利他行して世のため人の為に「愛」と「調和」と「努力」をする。

ともに現実社会に役に立つものをつくり、志をもって具体的に実行し挑戦し続けられた。

両者は最初に書いたように自然に従った行動をすることが発展、
進歩の結果をもたらすと確信され実行されてる。

日本人の先達である二宮尊徳さんもあらゆる学問を学んだ結果、
学問は人間が作ったものだから、
その法則をすべてに応用出来るものはない断言され、
もし、あるとすれば「天地不書の経」すなわち大自然の法則だ。
さらに、神道は開国の理論、儒教は治国の理論、仏教は修己の理論と
各々に使い方があるとされる。

私の若いころは自分とは何かがわからず「人間とは」「社会とは」が大疑問だったので、
仏教、儒教、社会科学の学びに右往左往した、
最近は、われわれの本当の親は自然だと感じるところに行きついた。
もちろん人間や社会を生きる心身の教育の基本は
両親が無償の愛で育ててくれたことは間違いない。

老子の「無為自然」は悟りきったようで若いときは関心がなかったが、
このごろは絶望のときに学ぶものだと考えられるようになった。

「道」とは人の理解を超えたもの、見えない存在、生命の法則を意味する。
星が宇宙の秩序の中の法則に添って運行しているが、
法則は「混沌」(=「道」)から湧き出て直接は見えない。
たとえば潜在意識の力(たとえば意識しないがやってる呼吸)
こそ見えるのは息してるだが、
その動かすものは目に見えない宇宙の働きがあるからだ。

老子は「知らざるを知らざるとなし、知るも知らざるとなす」と
人間の現象的な顕在意識を否定し、
自然の法則に即して行動することが第一義だとする名句だ。

みなさんは自然を第一義の先生にされてますか?

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