『苦』も現実

投稿日:2015年10月4日 更新日:

日経新聞の夕刊を読んでいたら、西岡直樹さんの記事が載っていた。
戦後生まれのわれわれが育った時代は、まだ食べ物も衣類も住まいも整っていず貧しかった。

近所や周りのみんながそうだったから「苦」にもならなかった。
もちろん庄屋さんや事業家の人で金持ちや立身出世した人はいたが、
うらやましいとは思わなかった。
そんな人とは縁がないと決め込んでいたか、親がそんな人の話はしなかったせいで、
知らなかったために、ひがんだり、親を攻めることはなかった。
貧乏だから、何とか親の役に早く立ちたいと子供心に思っていた。

エッセイストの西岡さんがインドの西ベンガル州から帰ってこられて、
ベンガルに今でもある風習を詳しく書かれている。
この地方では赤ちゃんが生まれると7日目、
枕元にターラ樹の葉の短冊と葦ペンを置く習慣があるそうだ。
そこにビィダーター(創造主)がその子の運命をかき記す。
それは絶対に変えることができないものといわれている。

西岡さんは語られる。
「だからでしょうか、自分に降りかかった出来事や変えられない境遇は運命として受け止め、
それを積極的に取り込んで生きようとする明快さが、どの人にも感じられる。
『苦』をも単に『悪』とはとらえず、一つの生として受け入れ、乗り越えていく。

豊かで便利な暮らしだけを求めるに値するものと考えがちな私たちの目には、
貧しい家に生まれたとしてもくよくよせず、現実を明るく受け止めて、
お金儲けにも精を出すベンガルの村人の潔い生き様が力強く映る。」

戦後のモノのない時代にあったのは、現実の『苦』を乗り越え『楽』を作る。
「弱き」を助け「強き」をくじき、悪を憎んで善をしようとする良心があった。
そうすることで「貧乏だが心は錦だ」という誇りもあったように思う。

モノが豊かになった故に、逆に心が貧しくなっているだけでなく、
『苦』を避け、『悪』に立ち向かわず、自分だけを守る主義に偏っていないだろうか?
この記事を読んで、おおいに反省させられたし、
もっと勇気を持って行動することの大切さを再認識した。

『苦』から逃げず、それは自らの命に与えられた試練と受け止め、
乗り越え生きるプロセスを楽しむことこそが自分の道がであり、人生だ。

皆さんはいかが思われますか?ベンガルの人たちのこと?

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