論語に学ぶ’(子罕第九)

投稿日:2015年9月7日 更新日:

経営をする、あるいは資本主義の現代に生きるものは物々交換でなく、
貨幣を通して生活することが当たり前である。
だから、仕事をする第一目的をお金を稼ぐことと考えるのは無理がない。

私はそんな夢のない働き方は間違ってると感じていた。
だから、給与や、休みの多いところを選んだわけではなかった。

お金をもうけること「利」についてどう考えるか整理しておかないと、
現代社会では「お金が一番になる」。

さて、論語の子罕(しかん)第九の冒頭に、
「子罕に(しまれに)利を言う、命をともにし仁をともにす」

意味=孔子は利について話されるときは常に天の命や人の道の仁に照らしあらわされ話された。

言い換えると金を目的にして考えるなと言うことだ。

易経では「時」を1.時、2.処(場所、環境、状況)3.位(立場、社会的地位)
この三位一体を善しとする。
時は「天」、処は「地」、位は「人」の天人地の一円融合を実現することだと解くのである。

孔子は自分の行動を「子曰く、出でては則ち、公卿に事え、入ては父兄に事う。
喪の事は敢えて勉めずんばあらず。さけの困(みだれ)をを為さず、
何か我にあらんや。‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
子曰く、吾未だ徳を好むこと、色を好むが如くするものを見ざるなり」

意味=ほんとに第一に己を修めた人だったようですね。
自分のことを孔子は役所にでては、公卿(高官)によく事え(つかえ)、
家にあっては、父兄に善く事える。弔いごとには及ぶ限りつとめる。
また酒を飲んでも乱れることはない。そのほか私に何があろうか?
(礼を尽くして生活してるといってる)

   さらに孔子さんが言われるには、私は色事を好むほど、徳を好むものを見たことはない。

ここには書きませんでしたが、
孔子先生は亡くなった願回を質素でつつましいが私の話をよく聞き、
道を楽しんで実践した奴だと褒めている。

この子罕第九の最後の孔子の言葉が私の心に響いた。

「子曰く、知者は惑わず、仁者は患えず、勇者は懼れず。」

意味=知者は物事の道理をわきまえているので惑わない、
仁者は私欲を捨てて天理のままに生きようとするので、心に悩みがない。
勇者は意志が強いので何者も恐れない。

人生長くは生きてきたが、まだまだ修行が足らないとしかいえない。
唯一つ、方向性が間違ってないことは確かだ。

皆さんは論語から何を感じ、どう行動しますか?

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