2月15日に思う

投稿日:2015年2月17日 更新日:

昨日は三月の陽気で暖かい日差しでした。
10年前に大きな手術をした定期健診の日で、近大病院で血液検査、
心電図、レントゲンと順番に待ち時間を楽しむために、いつものように本を読んでいた。
見かけた顔の人が「いつも本を読んでおられますね!」と声かけられた。

突然だったが「この時間が一番集中できるんですよ!」と返事した。
その人も「私は通勤の電車の中での読書が好きです」とおっしゃられた。

あまり深く考えたわけではないが集中力とは拘束されているからできる。
逆に考えると自分の目標を一つに決め、他の事を遮断することだと気づいた次第だ。
日頃こんなこと意識して行動していないが、
外界が五感を通じて入ってくる情報によってころころ変わってくる精神=心を持ってる人間には、
静止させる努力がいることを実感した。

逆に今日一日は何しても良いですよと自由に与えられたら、
不思議にあれこれしたいことがありすぎて定まらない不自由さを産むことにもなる。
これを迷いというのであろう。

2月15日は御釈迦さんが入滅あるいは涅槃された日と仏教では言う。
「涅槃経」に、
阿難が「悟っていないものは誰に頼るか、どうか入滅しないでください」というと、
御釈迦さんは「自灯明、法灯明」を寄る辺にしなさいと諭される。
自灯明=自分をよりどころとして他の灯明に依ってはならない。
法灯明=法をよりどころにして他の灯明に依ってはいけない。
これを「二灯二依」という。

善いも悪いも今の自分を受け入れ、心はいつも変化しすると無常なもので、
一切の起こってくる出来事は法(ダルマ)により無我を自覚する。
人間は「浄楽我常」と、自分は清く、楽しいだけで、わがままな自分が常であって変化しないと考えてる。
こう考えることで苦しみ迷うことになる。
逆に考えることだと人間の肉体は九つの穴があり不浄だ、あらゆる物を受け取るので、一切皆苦と考えねばならない心は常に変化し、すべての縁によって自分のおもいどうりに行かないこと「四念処」を諭された。

1.身は不浄(肉体)
2.受は苦しみ(感覚)
3.心は無常(精神)
4.法は無我(その他の万有)

凡夫の私にとっては「浄楽我常」の自分に振り回されるのが現実だ。
反省と感謝で今の時に集中し、新しい自分と出会う楽しみ味わいたいものだ。

皆さんは2月15日になにを思われましたか?

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